バイオレット・ノイズ



特に何か望みがあるわけじゃない。
ただ、僕はあなたより一歩後ろであなたの背中を見ているだけで幸せだったのに。

いつからだろうか。
あなたを正面から見つめたい。
正面から見つめて、手を握りしめて体温を感じて。
それから「好きです」と呟いてあなたを抱きしめて、この胸の中に閉じこめたいんだ。
叶うならば、あなたを組み敷いて僕だけのものにしてしまいたい。

こんな願望、どうにかしていると分かっている。
それでも止められないのは、僕がどうしようもなく彼を好きになってしまったからだろう。











バイオレット・ノイズ












いつもの部室に今日は彼と二人きり。
涼宮さんは長門さんと朝比奈さんを連れて新しい湯飲みとやらを買いに行ったようだ。
テスト週間にも関わらず 何をしているのだろうか、などと考えるがそれを言えば僕も彼も何をしているのだろう。
テスト週間だからと休みにするはずのない涼宮さんのおかげで、当たり前のようにこの部室に足を運んでしまった自分もどうかと思う。
そして、目の前で数学のテキストとにらめっこしている彼も、いつもの習慣のようなものでここにきてしまったのだろう。
もう涼宮さんは帰ってこないと分かっていながらも、僕と彼は夕日で赤く染まった部室にいるとは。
何の意味もないのに。
彼と一緒にいたって、僕は何もできやしないのに。

「おい、古泉」
「っ、あ、はい!」

ぼんやりと考え事をしていたせいで、焦った僕は上擦った声を上げた。
それを不審げに見つめながらも、彼は数学のテキストをつきだして、「ここはどうするんだ」と尋ねてきた。
僕はその問題に目を通してシャープペンシルを手に取る。
自らのレポート用紙に簡単に公式を書き、彼に差し出した。

「この公式に当てはめて考えてみて下さい」
「さすが特進クラス…すまんな」

彼は僕のレポート用紙を受け取ると、問題をまた解き始める。
僕の目の前には暗記ものの日本史があるが、そんなものを覚えている余裕はない。
必死に問題を解く彼に釘付けになり、僕はずっと伏し目がちな彼を見つめていた。
その視線に気づいたのか、彼は訝しげに顔を上げて。

「…なんだ、気色悪い」

ずきん、と胸が痛んだ。
その痛みを隠すように柔らかい笑顔を顔に貼り付けて僕は笑い返す。

「いや、あなたが僕の教え方で理解いただけたかと気になりまして」
「そうか」

彼はそう呟くと、ぺらり、とルーズリーフを僕の前に突き出し、少しだけ笑みを浮かべて。

「忌々しいが、おまえのやり方であっさり解決だぜ」

何で俺があんなに悩んだのにおまえは一発で分かるんだ、特進の嫌みか、だなんて愚痴をこぼしながらも彼の顔は穏やかなものだった。
そんな表情だけでも十分僕は幸せな気分になれるのに。
さらに彼はいつもの気だるそうな顔ではなく、どこか嬉しそうに笑って。

「お前の教え方はうまいからな、助かる」

と口にしたのだ。
彼の口からそんな言葉聞けるだなんて思ってもみなかったのに驚いた。
どうしよう、今とてつもなく幸せかもしれない。
微笑む彼を抱きしめたい。

僕はがたん、と立ち上がると彼が座っているいすの前まで行き、彼を思いきり抱きしめた。
驚きのあまり身じろいだ彼はいすごとひっくり返り、僕の下でうめき声を上げる。
僕の下で、下、で?

はっとして、僕は目の前に視線を落とした。
そこにはもちろん、後頭部を強かに打ち付けてうめき声を上げる彼がいて。
僕は一気に興奮が冷めるのを感じた。
慌てて彼の上から起きあがると、彼も後頭部をさすりながら起きあがる。

「す、すみません…!足が滑ってしまいまして」

とっさに口からついてでた嘘。
それに彼は不機嫌そうに顔をしかめると。









「見え見えの嘘はつくな」




と言ったのだった。








顔が真っ赤に染まるのが自分でも分かった。
どうしよう、彼にはすべて気づかれていたのだ。
どうしようか、ここで好きだなんて告白なんてできるだろうか。
いや、できない。
だってまだ、心の準備が。

「なんなんだそんなに真っ赤な顔しやがって!」
「すみませ、ん…?」

顔を上げて彼の顔をみた僕の言葉の語尾がなぜ疑問系になってしまっていたか。
そんなの決まっている。
彼の顔も僕に負けずに真っ赤に染まっていたからだ。
この夕日のせいではない、頬の紅潮。



ああどうしよう。
あなたが好きでたまらない。



僕たちは、そのままお互い吸い寄せられるかのように初めてのキスをした。











end








下校を告げる校内放送の雑音さえも耳に入らない。



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