悲壮美-tragic beauty- 8


ぽつり、と自分で呟いたその言葉が妙にずっしりと心に響いた。
ぼんやりと古泉を見やれば、眉間に皺を寄せてゆがんだ顔をしている。
せっかくの顔が台無しだ。

「そんな顔するなって」
「……僕は、」
「何だよ」
「僕はあなたの側に居れるだけずっと、あなただけに使えたい」

なんだそれ、思わず笑いがこみ上げる。
俺に関わるな。
俺の側につくな。

「俺の母さんと父さん、籍入れてなかったんだ、内縁の妻って奴」
「え?」
「そしたらちょっと前に籍入れたまま行方くらましてた本妻が姿現してさ、それに長男がいたんだ」

だから、そいつに跡を継がせようと言うわけだ。
自動的に俺の存在価値はなくなり、ましてや自分のやり方に反発するものなどいらなくなったのだろう。
ある時から親父の贈り物を口にする度、吐いた。
親父からのもらい物を口にするのをやめると、次は屋敷のメイドたちの作る料理に毒物が混入された。

本当は、この屋敷にいるメイドたちは俺と同じ、親父のやり方が気に食わなくて一緒に出てきた者ばかり。
しかし、親父からの圧力で俺を裏切らざるを得ない状況になって。
親父の命令通り、屋敷の調味料などには毒物が少量ずつ混入された。
もちろんそれに気づく事ができなかった俺のなんと落胆したことだろう。


森たちだってやりたくてやっている訳じゃない。
ただ、逆らえないだけ。
俺はこの屋敷の者たちは皆大好きだから。
苦しめたくなかったから何も言わなかった。
何も言わずに口にして。
一人でこっそり吐き出して、中毒に喘いだ。

「だから、お前も自分の立場が危うくなったら俺を裏切れ」
「そ、んな…」

そんなことできない、とでも言いたげな顔。
でもそういうことは絶対に赦さない。

俺は古泉の燕尾服の前をぐいっと引っ張ると乱暴にその唇を塞いだ。
驚いたように目を見開いてこいつは俺を見据えて。
そんな古泉に俺はうっすらと笑った。

こいつは危険だ。
優しいからこそ、俺についてこようとする。
早く突き放した方が良さそうだ。
俺は、独りの方がいい。

「このリンゴさ、」

俺はベッドサイドに置いてあったリンゴを一切れつまみ上げて。
シャリ、と口に含んだ。
驚いたような古泉を後目に、俺はそれをごくんと飲み込む。
かあっと食道が焼けるように熱い。

「これも薬入りだぜ」
「───ッ!?」

ばっと彼はリンゴを見た。
俺が再び口に運ぼうとしたのを見ると、ぱしんと手を叩かれて、はたき落とされた。

「これには、何が」
「媚薬だよ」
「…え?」

固まった彼の顔をみると、妙に気分が高揚した。







続く


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