悲壮美-tragic beauty- 7


シン、と静まり返った廊下。
僕はぼっちゃまの部屋のドアの前に佇んでいる。
やはり心配で戻ってきてしまったのだ。
彼は笑いながら大丈夫だと言っていたが、無事なわけがないだろう?

僕はなんとなく気づいてしまった。
彼がこの屋敷にあるものや、父親からの贈り物を口にしない理由を。


きっと彼はまた、血の海の中で一人ぼっちに違いない。
決して涙は見せないけれど、心の中では泣きたくて仕方がないはずなんだ。
僕はなぜか彼を一人にしたくなかった。
側にいて、一人じゃないと言ってあげたかった。

だから。
使用人の立場としては出すぎたまねかもしれないと分かっていても。

僕は深呼吸をして、扉を開けた。


















「ぼっ、ちゃま…?」

僕は手に持っていたシーツをその場に落とした。
それほどまでに今の状況に驚いている。
白いシーツの上にはたくさんの小瓶が散らばっていて。
その中心では彼がうつ伏せのまま、腰を高く上げて…


自慰、に耽っていた




「ぼっちゃ、ま…」
「み、るな…見るなぁ…!」

そういいながらも高ぶる欲を抑えきれないのか、彼は行為を止めることも秘部を隠すこともしなかった。
ただただ、慣れない手つきでペニスをいじっている。
僕はふらふらと彼の元に近づくとベッドの前でひざまづいた。
(正確に言うと、力が抜けてしまったのだが)
とにかく目を見張って彼の痴態を見つめて。
そして、転がっている小瓶を一つ手に取った。

「環状ペプチド…?」

他の瓶にも手を伸ばす。
ギロミトリン、ヒアロトキシン、アコニチン、硝酸アニリン、メタノール……
訳の分からない薬品のような名前が書いてあって。
その中で僕は聞いたことのある名前を見つけた。

「青酸カリ、亜砒酸…」

そこでやっと理解する。
ここにあるのはすべて毒薬・劇薬なのだと。

分かったとたん、かぁっと頭に血が上った。

「どういうことですか!」

彼の肩口を掴んで無理にひっくり返し、仰向けにさせる。
両腕もがっちりと掴んで、シーツに縫いつけた。
彼は何やら騒いでいるが、まったく耳に入ってこない。
それほどまでに僕は頭が真っ白になっていた。

「これはどういうことですか!」
「五月蠅い!勝手に入ってくんな!」

初めてぼっちゃまに怒鳴られて、僕ははっとする。
押さえつけていた両手も解放して、僕は立ち上がって頭を下げた。
頭が上げられない、彼の顔を今は見れない。

「申し訳ありません…!」
「俺の事にはあまり干渉するな、深入りすればお前が危ない」
「…っしかし!僕が森さんから聞いていた話とは全く違います!」

彼はただ、家庭に反発して出ていったと森さんは言っていた。
だが、絶対に違う。
僕はもう気づいてしまった。


彼は実の父親から毒を盛られている


背筋がぞっとした。
こんなのあり得ないと思っても、現実目の前であり得ないことが起こっているのだ。

なぜ、こんなことに。

そう、僕が問う前に彼は口を開いた。



「父さんは、俺なんかいらないんだよ」








続く


あきゅろす。
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