悲壮美-tragic beauty- 5




僕は大事にリンゴを持ち帰ると、厨房で果物ナイフを取り出した。
そしてきれいに皮を剥くと食べやすい大きさにカットして。
剥けば剥くほど果汁が滴り落ちて実においしそうだ。
つまみ食いをしてしまいたい衝動に駆られるが、そこはぐっと我慢して。
僕はフォークを二本添えると、ぼっちゃまの部屋に向かった。




静かにドアを開けると、相変わらず彼はぼんやりとベッドに横たわり、なにやら本を読んでいる。
今日初めて顔を合わせたので「おはようございます」と挨拶をした。

「遅いぞ、古泉」
「申し訳ありません、所用がございまして…」

僕は眉を下げて笑うと、サイドテーブルにリンゴのはいった皿を置いた。
すぐに彼はそれに目を向けて、瞳を輝かす。
同年代の同姓の仕草だというのに、妙に可愛らしい。
フォークで一欠片のリンゴを刺すと、僕はぼっちゃまに差し出した。

「お土産です、召し上がって下さい」
「サンキュ」

彼は僕の差し出したフォークにそのままかぶりつく。
その仕草がまた可愛らしくて、うっかり見つめてしまった。
それに気づいたのか、彼は少し頬を朱に染めて眉を寄せる。
怒っているのだろうに、僕にはちっとも怒っているようには見えない。
ただただ可愛らしいその姿に頬がゆるんだ。
彼はもっと、とせがむように顎をしゃくってリンゴを指す。
要望に応えるために、もちろん僕はリンゴを彼の口に運び続ける。
しかし、彼が五切れほどリンゴを食べ終わった頃に異変は起こった。

「ん、むぅ…!?」

突然口元を押さえると、ぼっちゃまは前かがみになってせき込んだ。
驚いた僕は彼の背に手を回し、優しくなぞる。
どこか苦しそうなその様子にますます不安が募った。

「こ、いずみ…おま、これ…どこで…」
「お父様から頂きま」
「…っ、クソ!」

声を荒らげて彼は布団を握りしめる。
息も上がり、顔も紅潮してきていて。
僕は何か不手際があったかとぐるぐる頭で考えた。
すると、ぼっちゃまは苦しそうに、それでも優しく笑って。

「俺、が言ってなかったから…悪い、はっ、はっ…」
「しかし…!」
「大丈夫だから…次からは親父からのもらいもんも対象外、な?悪いが席、はずしてくれないか?」

僕はもう情けなくて仕方がなくて、ぎゅうっとフォークを握りしめた。
主人に席を外せと言われたからには外さないわけにはいかない。
僕は苦しむぼっちゃまの姿を名残惜しげに見つめながら、僕は部屋を後にした。






続く


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