悲壮美-tragic beauty-


息切れ、動悸、眩暈。
喉が焼けそうになる。
俺は喉奥にこみ上げるソレを我慢できずに吐き出した。









「お前、誰だ」
「本日からこの屋敷の総括を任されました、古泉と申します」
「お前のような部外者に任せられるわけがないだろう、出て行け」

俺はにっこり笑う男を不審げに睨み付けると、出て行くように命じた。
誰だ、こんなよそ者をここまで通した奴は。
減給だ、減給。
とにかくこのよそ者に出て行ってほしくて、しっしと右手を振った。
しかし、こいつはまったく気にする様子など見せず、それどころか自分で話し始める。

「僕をここに寄越したのはご主人と森さんです」
「…父さんと森?」
「ええ、それでも僕を追い出しますか?」

俺は言葉を詰まらせる、父さんはこの際どうでもいい。
メイド長の森には逆らえないからだ。
小さくため息をつくと、俺は渋々こいつの名前を呼んでやる。

「古泉、だったな…森とはどういう関係だ?」
「同じ家系だ、といえば分かりますか?」

右手をひらひらと動かして古泉は爽やかに受け答えをした。
森の家系といえば優秀なメイドや執事が数多く存在していると聞いている。
そんな森の家系で、しかも森直々に紹介してきた執事となれば相当優秀なのだろう。

若い割には落ち着いた風貌で、物腰も柔らか。
丁寧な言葉使いも、にっこり笑顔も手馴れたものだ。
俺は頭の隅で「相当なやり手だな」と考えながら、古泉にこの屋敷での暮らし方や仕事を教えてやることにした。




とりあえず、俺の生活環境について簡単に説明しておこう。
俺の家系は代々貿易商を営んでいて、自分で言うのもなんだが金持ちの部類だといえるだろう。
最近は危ないものにも手を出している親父の商売のやり方が気に食わなくて、別居中。
親父と母親と妹は実家のほうに暮らしていて、俺はもう一つの屋敷で森メイド長率いる数人のメイドと共に生活中だ。
できるものなら一人で暮らしたかったのだが、俺の監視役のようにメイドがくっついてきたのである。
数日前までは谷口という執事がいたのだが、あまりにも出来ない奴で俺の神経を逆撫でしやがったので即解雇した(ちなみにこいつは内部事情をまったく知らなかった)
どうせ見張られている身だから、どうにでもすればいいし、森が総括すればいいんじゃね?みたいに思っていた俺だから、突然の古泉の登場には驚いたわけで。

「お前、うちの事情知ってるか?」
「何のことでしょう?」

お茶を入れながら燕尾服の男は首をかしげた。
知らないのか、それならそれでいい。
知らないほうが良いだろう。
いらない気を遣わせるのも申し訳ない。
俺はなんでもない、と呟くと用意されたティーカップに手を伸ばした。
古泉はクッキーやらスコーンやら楽しげに準備しているが、俺は冷めた目でそれを見つめて口を開く。

「…すまんが、菓子はいらん」
「どうしてですか?」
「食欲ないからだ」






続く


あきゅろす。
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