The hole


ただの興味というべきか、それとも度胸試しというところか。
俺は文具店の奥のほうで100円のボールペンを握り締めていた。
本当はこんなことはいけないと頭では分かっているのに、俺はブレザーのポケットにボールペンを滑り込ませる。
ボールペンを入れた途端、ずん、と気持ちも体も重くなった。
もう引き返せなくて俺は急いで店の出口に向かった。
歳を取った文具店のおじいさんは何も気づかずに笑顔で頭を下げてきて。
俺は今まで感じたことの無い罪悪感と共に店を後にした。

(気、づかれなかった…)

もう心拍数は上がりっぱなしで、嫌な汗が流れ落ちていく。
文具店の角を曲がって俺は早足で店から逃げるように歩いた。

と、そのとき。


「君、ちょっといいですか?」
「…へ?」

いきなり話しかけられて俺はびっくりして振り返った。
そこにはにっこりと笑っている男が立っていて。
あんなことをしたばかりだから、もう、心臓がバクバクしてたまらない。
俺は動揺を必死に隠して男に返事をした。

「な、何の用ですか」
「分かっているでしょう?」
「なんのこ、と…!!!」

男の手がいきなり俺のブレザーのポケットに突っ込まれる。
やばい、と思ったときにはボールペンは彼の手に握られていて。
俺はとっさに逃げようと身を翻したが、がっしりと腕を掴まれてしまい、逃げることは許されなかった。
俺は非常に情けない顔をして後ろを振り返る。
そこにはもちろんの事だが、にっこり顔の男が立っていた。
そいつはスーツの胸ポケットに手を突っ込んで。
嗚呼、なんだか刑事ドラマとかで見覚えがあるな。

「私、こういう者です」

そういって差し出された警察手帳に俺はがっくりとうな垂れた。
まさか、警察のお世話になるだなんて思っても見なかったのだ。
もう俺の人生は終わった、さよなら俺の倦怠ライフ。








「で、なんでこんなところにいるんだ」

俺はカツ丼とにっこり男を目の前に独り言を言った。
むしろそういわざるを得ない。
なぜなら俺は警察署に連れて行かれずに、なぜか定食屋にいるからだ。
まったく以って意味が分からない。
なのにこの男は「カツ丼とか妙に雰囲気がでますね」とか言って笑っている。
もう一度言う、意味が分からない。

「あの、なぜ俺はここにいるんでしょうか」
「僕の気分です」

こいつはさも当たり前のようにそういうと、自ら頼んだ親子丼をもそもそ食っている。
こんなんじゃいつでも逃げ出せるじゃないか、と悪いことを考えながら俺はカツを一切れ口の中に放り込んだ。

「逃げようだなんて考えないで下さいね」

何なんだ、こいつはエスパーか。
思い切り思考を読まれて、俺は眉を下げて「そんなつもりありません」とだけ返事をした。
下手に逃げるのはやめよう、罪状が増えるのは勘弁願いたい。





続き


あきゅろす。
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