▼蒼き水に黒く沈む(佐×政/現パロ) 薄暗い空模様を眺めては帰路に着く。 疎らに灯りだす街灯と車のヘッドライトを抜けて、真っ暗になってしまった部屋に一歩入るなり鍵を握る右手を上げる。 そのまま後ろ手に側面のスイッチに曲げた指を当てると、リビングへと繋がる廊下が柔らかい暖色のライトに照らされた。 靴を脱いで五歩。 肩から下ろした鞄を掴む左手の小指でリビングのドアノブを下へと傾け向こうへ押しやる。 しんとして外からの光が朧気にカーテンに映る中、ソファに横たわる黒い塊。 見えずとも、わかる。 「…起きてんだろ」 俺がこの間、合鍵を渡した男だ。 正確には、渡さざるを得なかった、だが。 「おかえり……今日早くない?」 「ああ、No残業Dayなんだと」 「へぇ」 ご飯出来てるよ、投げかけられた男の言葉に先にシャワー浴びてくる、と浴室に向かう。 何故明かりを点けておかないのか。 入り浸り出して3日目に問いかけてみたが、何でだろうね?と逆に問い返された上、答える事はなかった。 「伊達ちゃん、」 ネクタイを襟から抜いたところで浴室の引き戸がガラリと開き、のっしりと背中に重みがかかる。 「…ンだよ、風呂だっつっただろ」 「俺様も入るー」 「またかよ…」 「あと、アレもしたい」 「An?…ほんっと、猿だな…」 名前の通り、と俺は苦笑しながら肩にもたれる猿飛の頭をポンポンと叩き撫でる。 ぎゅう、と抱き付く力が増したのを感じつつ1年前を思い出す。 コイツとは、大学で知り合った。 飄々としている割に学力・運動共に成績は頗る良く、周りにはいつも数人の取り巻き。 その殆どが女であった為、接するのが苦手な俺は猿飛と関わることもなく何ヵ月を過ごしていた。 そんな、大学への街路樹にも紅葉が目立ち始めた秋頃。 ある日、猿飛が俺のサークル部室(主に俺が飯か菓子を作って他の仲間に食わせる、餌付け部)の前に項垂れしゃがみ込んでいた。 『………なにやってんだ?』 『、ぁ…やっと来たぁ…“伊達”ちゃん』 『??』 『……君でしょ?チョー美味しいゴハン、作ってくれるって子』 『まぁ、美味いかどうかは知らねぇけどな』 ふらりと立ち上がる猿飛に怪訝ながらも言葉を返していると、距離を詰められる。 『俺様にゴハン、作って』 『uh?何でだよ…』 『バイト三昧でクタクタで、女の子に貰ったお弁当は不味いし、不味いよって教えてあげたらキレられるし、給料前だし…』 『……俺、アンタと関わる気ねぇんだけど』 『やだ…俺様、伊達ちゃんのゴハン食べたい』 『メンドくせぇ。何で知り合いでもねぇ奴に飯作る義理があるん、だ…』 本当に腹が減っていたのだろう、迫り寄る猿飛の腹からグゥゥと聞こえ俺は詰まった。 『……ちゃんとお礼はするよ?…ね、』 油断したのがまずかった。 猿飛が腕を伸ばし、頭を捉えそして唇が深く重なるに至るまで、俺の思考は分かっていながらも回らずにいた。 それからだ。 腹を空かせた猿飛がまず先にお礼を、と所構わずキスをしてくるようになったのは。 だから1年経った今でも、俺達は付き合っているワケでもなければセックスをする仲でもない。 普通のダチと言えるのかも微妙なところだが、それ以上でもないのはたしかだ。 それと、猿飛が俺を訪ねたのには腹を空かせていた以前に理由があった。 周りが常に賑やかで充実していたにも関わらず、孤児院の出ゆえかどうにも埋められぬ虚空をずっと胸に抱え込み、あの日ついにそれが爆発してしまったという。 俺については色々と知っていたらしく、俺なら聞いてくれる、助けてくれると何故かふと思い立ったらしい。 …そんな勘で頼ってきたのかよ、と聞かされた当初は呆れて頭をはたいたものだ。 えへへ、ごめんね?と猿飛は何とも嬉しげに笑っていたが。 「…っ、ん……ふ、…」 「は、っぁ…も…、苦し…」 「……やだ…、…ね…後ちょっとだけ」 「…ん、ンッ…!…」 浴室に唇を重ね、舌を絡め合う小さな水音が増幅されて響く。 角度を変え、時には視線が交じり、紅潮する顔を逸らしては顎を捕らえられ、横一線になぞる舌に唇を割られてまた息もつけぬ口付けの数分間。 俺はコイツの孤独を埋められているのだろうか? なのに何故、コイツはまだ俺を抱こうとしないのか。 “俺様の覚悟が出来たら” 少し哀しげに、笑って言った表情のお陰でそれ以上問う事がかなわない。 アンタが暗闇で横たわり何を考えているのか、俺には分からない。 けど、傍にいるならそれでいい。 胸に抱えるソレが俺で紛れているのなら、それでいいんだ。 (………そんなモン、いつか取っ払ってやる) ─────end. [*return][next#] [戻る] |