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どこにも行けなくなればいい


痛くはなかったのだけれど、ただ、熱かった。
がくりと身体中から力が抜けて立っていられなくなり、重力に従い地へ崩おれようとした所を抱き留められた。
護廷にいた頃とは打って変わった見慣れぬ白い衣装に僕の血がべっとりとつき、生地はそれを吸いじわじわと広がってゆく。
見えないけれど背中にまわされた色素が抜け落ちたような白い手もきっと赤く汚れている。
それがただ、申し訳無い。

「ごめんな」

(嘘つき)
思ってもいないくせに、そう罵ってやろうかと思ったが口から出たのは血と情け無くひゅうひゅうと抜けるような音だけ。
未だ胸に刺さったままであった、始解すらされていない神鎗が捻られた後、引き抜かれた。その傷口を広げる動きは明確な殺意の現われだった。
死ぬのは恐ろしい。出来る事なら生きていたい。だが、この自分を刺し、殺意を向けるかつての上司が僕が死ぬ事を望むのであればそれでもいいか。殺意であっても今は『僕だけ』に向けられている上司の感情に、限り無く諦念に近い甘く暗い悦びが僕を満たす。まるで、流れて落ちる血液の代わりのように欠けた所を埋めてゆく。

「イヅル」

柔らかく隊長の手が背中を撫でた。宥める様に。
貴方が優しかったことなんて一度もなかったのに、今更。

「イヅル、ボク、ほんまにイヅルのこと好いとったんよ」

離れてから気付いたなんて、それこそ今更だ。嘘か本当かも分からない告白に答える力はもう残されていないし、好いた惚れた、そういう感情を持たれる事を貴方は煩わしがったから、僕は答えない。胸の内にある、感情は墓まで持っていく、そう決めた。

「だから、死んでな?ボク、弱み造りたないんや。重しはいらん、せやから、ここで死んで」

(ならば何故、貴方の手は震えているのですか)
背にまわされた、全く力の入っていない自分の身体を抱き留め支えている手は、こうして直接触れていなければ分からない程度に震えていた。
(僕を殺したのは貴方でしょう)

「イヅルは、ボクの事どう思うとった?」

答えられないし、答えるものか。最初で最後の貴方への意思表示だった。
脆弱なそれは、多分貴方への呪詛になる。しばらくは、きっと覚えていてもらえるくらいには。

「     」
(それでは市丸隊長、もう会う事もないでしょう。さようなら)

僕が掠れた声で、殆ど息だけで言った言葉を貴方は聞こうと必死に僕を抱き口に耳を近付ける。体制は最早、抱き留めるではなく、抱き締める。
(貴方の望んでいる言葉ではありませんよ)
そんな貴方が滑稽で、思わず微笑してしまった。
(そろそろ、か)
指先からだんだん冷えてきた。眼ももう見えない。身体中、頭すら痺れている。
ただ先程僕が言った別れの言葉を貴方が聞き取れなかったのは、貴方が抱き締める力が強くなった事からわかった。
(貴方は愚かだ。弱みを消しに来て逆に作るなんて)
(良い、気味だ)



「イヅル、死んだんか?なあ、イヅル、答えてぇや…」

出来る事ならずっと名前を呼び続けていて欲しい。そう身分不相応な願いを抱きながら僕は眼を閉じる。
胸の穴だけが、貴方に身体を捧げた時みたいにただ熱かった。



end

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あきゅろす。
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