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□鈍感 (オズギル)







『主従関係も友人関係も得たけど、残りの関係性も絶対に手に入れるから』




チェシャ猫の所からパンドラ本部に戻ってきて3日目が過ぎ、眠れなくなって2日経った。


「……ハァ」


大きなため息と共に吐き出される紫煙。あれからずっとオズに言われた言葉で頭の中は靄がかかってまともに動かない。

覚悟しといて、と、その言葉は一体何を指しているのか。至って普通に接してくるオズに、こちらが無意識に身構えてしまい、明らかに挙動不審な自分の対応に彼は苦笑するだけ。何だか自分が悪いことをしているみたいで胸がその都度チクリと痛む。


(また何時もの冗談とか…いや、どう考えたって本気の言葉だった…)



あの時のオズの表情を思い出して顔に熱が集まる。もう何度目か、厭きもせず度々思い返してはその繰り返し。今ではまともに彼の顔すら見ることが出来ない現状に、さすがにこのままだとマズイと煙草を押し消して立ち上がる。


(いや、結局どうするんだ…会って、話して…?)


話すといっても何を話せばいいのか、オズの言葉に対して自分はどう思ったのかなんて、話したところで主人に悲しい想いをさせるだけだろう。

どう考えてもいくら考えても、主人を主人以外で見ていたことは無いのだ。友人、は微妙に感じる部分もあるが、自分の中の大部分を占めるのはオズが主人であるということだけ。残りの関係性、なんて論外の部分だ。

立ち上がったまま呆然と立ち竦み、混乱のまま煙草を手に取り火をつけた。


「……どうすれば…」


正直、オズのあの言葉が嬉しくなかったわけではない。従者として主人に好かれるのは誇らしくもあり同時に幸せなことでもある。
しかし、お仕置きなんてモノはもう二度と味わいたくはないが。

何がおこっても自分はオズに対してそういった気持は抱かないし従者である自分が主人に対してそんな恐れ多いことなど、手なんかもちろん口にすらするのも痴がましい行為だとはっきり理解している。だが、今こうやって考えている事は結局は自分の保身であって、オズ自身の気持ちを無視してしまっている。これでは従者として、最低極まりない事だということも理解している。
だからこうして悩みに悩んでも、考えに明け暮れても、結論なんて見出せない。自分の中の矛盾によって行動すらすることさえもできないのだ。

「……困った…」
「何かお困りですカ?」
「………お前には死んでも頼らんっ」


またしても唐突に目の前に現れる男にぐったりと脱力感が襲い、そのまま元の椅子に腰かける。飄々と対の椅子に座るブレイクに突っ込む気にもならず手に持った煙草を思いっきり吸い込んだ。

「この前は人が折角背中を押してあげたのに」

その結果が今の現状だと、解りきった上で言っているのだろう。どうしても苛立ちが顔に出てしまい、目の前の男に確信的に意地の悪い笑みを浮かべられる。


「2日ぐらい眠れてないんでしょう?酷い隈ですネ」
「うるさい…人事だと思って…」
「人事ですから楽しいんですよネェ」


この性悪、と悪態を吐きつつも、己がどうすれば良いのかということがこの男には解っている気がして。どうせなら利用してやるかと、以前彼が自分に言った台詞が脳内を掠める。

(いや、でも…ちゃんと自分で考えるべきだ)


オズがもし真剣にああ言ってきたという事は、自分もそれに対して真剣に答えを見つけるべきだろう。現状維持は2日経ったが自分が無理だ。これ以上、変な態度を取ってしまうと、少なからず主人はその状況を受け入れてしまうだろう。それでは主従の関係すら危うくなってしまうのは目に見えている。


「恋の悩みなんですからもっと楽しげにしてはどうですカ?」
「……楽しめるか」
「まぁ、でもいい加減にしないとオズ君が離れていっちゃうかもしれないですよ?」
「それは困る…」


なら、答えは出てるじゃないですか、と朗らかに笑いながらどこから出したのか紅茶とケーキに手を付けるブレイクの言葉に動揺する。


「……それは、どういう事だ」
「君はオズ君から離れたくない。オズ君は君と別の関係にもなりたい。だったら答えは一つですよね」
「オズの想いに応える、か…いや、でもそれは…その…」


想像してしまい、全身が熱くなる。別の関係性、それが無理だからこうして悩んでいるのだ。どう考えても自分がオズを、と想像しただけでありえないと頭が今にでもパンクしてしまいそうになる。


「…満更でも無さそうですけど。ま、今の気持ちを直接オズ君に言ってみるのも一つの手だとは思いますが」
「…無理だと伝えるのか?」
「オズ君の好きとは違うけれど自分も好きだと、そういう事ですよ」


この半端な自分の気持ちを彼に伝えたところで現状は変わらない気はするが、こうやって無駄に時間を過ごしているのよりもずっと効率的なのかもしれない。寧ろ、目の前にいるブレイクがそう言っているなら、多分それが一番の解決策なのだろうとも思う。
どこまで自分の気持ちが解っているんだろう、と、一瞬背筋に寒気が襲うが今に始まった事でも無いと気を取り直し椅子から立ち上がる。
結局またしてもブレイクに背を押される形になってしまった事実に少しだけ不甲斐なく思い、けれど半分以上は感謝の気持ち。それを偶には素直に、こういう時ぐらいしか言えない言葉を伝えるべく口を開く。


「……あ、あ、ありが…」
「プッ…ククク、いや、君は解りやすいですから、ちゃんと伝わってますよ」


何時もの意地の悪い笑みではない笑みに、かぁ、と顔が真っ赤に染まる。滅多な事で見る事の出来ない意外な表情を見ていられなくて、逃げるように部屋の扉へと向かった。
その後ろから追い打ちをかけるように言葉を投げかけられる。

「そうそう、客室はすべて防音ですから、ごゆっくり〜」


ブレイクの言葉を全て聞かないまま乱暴に扉を開けて同じように閉める。
なんてことを言うんだ、と全身が怒りと羞恥で燃えるように熱い。丁度、通りかかった内部の人間が酷く怯えたかのように自分を見ているのに気づき、慌てて何でもないように装い、その場を後にした。









「……オズ」

与えられた部屋のソファに座りながら、のんびり本を読んでいるオズ。ノックの後に入ってきた自分を一瞥すると、すぐさま文字の羅列に目線を戻す。


「今、凄い良いとこだから、ギルを構えないけど適当に寛いでて」
「……解った」

構うって何だと、思わず言い返したくなったが、今自分の状況を振り返り大人しく備え付けの椅子に腰かける。さすがにオズの目の前のソファに座ることはできない。ある程度距離のある、そして彼の横顔が見える位置。

相変わらずいつもと変わらないオズの言葉や雰囲気に、ここに来た事を早くも後悔し始める。

(…に、逃げたい…いや、ちゃんと自分の今の感情を…)

自分の好きは、従者として主人を想う好きなのだと、そう告げる為にここに来たはず。オズの好きとは違うんだと、そう言いに来たはずで。
けど目の前のオズは本当に自分の考えている感情が含まれているのか疑問に感じてくるのも確か。それほど何時もと変わらない彼に、もし自分の気持ちを言って、けれど実は全て自分の勘違いだったとかだったら非常に気まずい。いや、でももしそうだとしたら円満解決で、無駄に悩むことも無く、ぐっすり眠れるはず。

二日分の不眠を急に意識してしまい、この穏やかな空気に段々瞼が重くなってくるのを感じる。静かな室内に、パラ、と偶に本を捲る音が響いてますます身体が睡眠を欲しているのが解った。

「……ベッドで寝てても良いよ?」
「…っ……見てないのに何で」
「そりゃ、本を読んでても、何をしてても、ギルのこと意識してるからかな」
「な、…何言って…」

オズの言葉に一気に頭が覚醒する。うとうとと、していたところにその言葉。いつの間にか本を閉じ、真剣な表情でこちらを向くオズの視線にぶつかった。

「あれ?俺の気持ちに気づいたから、変な態度取ってたんでしょ?」
「そ、それは…」
「それとも何?意趣返し?いつからそんな悪い子になったの、ギルってば」

やはり気づいてたんだな、と思う気持ちと、僅かな気恥ずかしさで視線を上空へと逸らす。真剣な表情を崩してプンプンと怒った表情を見せるオズに、違うと頭を左右に振った。

「ちゃんと、気づいた…だから、どう接していいのか解らなくて…」
「解ってるよ。急にあんな事言われれば誰だって意識せざる負えないよね…ま、だから言ってみたっていうのもあるんだけど」

作戦成功かな、と小首を傾げて笑みを浮かべる彼に両目を見開く。
意識は十分にした。意識しすぎて眠れなくなったのに、目の前の主人は悪びれず笑ってみせる。もしかしたらまた騙されてしまったのかと一瞬疑心暗鬼に陥るが、いつのまにか近づいてきたオズに顎を取られて、その瞳を見てしまって、身体が動かなくなった。


「…ま、でも、ちゃんと愛はあるから。好きだよ、ギル」
「ッ……オレ、は…」
「何?俺から離れる事ができると思ってるの?」

にやり、と口元の端だけで笑われて、急に視界が狭くなったと思えば、唇を唇で塞がれていることに気づき目の奥が真っ赤に染まる。

「んッ!…ふ、ッん……ぁ…」


顎を取られ頭を固定され動くことも、拒絶することもできず、その行為を受け入れるだけの自分。酸素を取り入れるため薄く開いた口から入り込む彼の舌にビクリと身体が震え、時折もれる自分の声に耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
ねっとり濃厚な口付に、目の前の男は本当にあのオズなのかと疑いたくもなるが、薄く開いた目に映る彼は紛れもなく自分の主人。本当に15歳なのかと疑いたくなるぐらいに大人の色気を放つ彼に、いつの間にか自然と彼の服をぎゅっと握りしめ与えられる口付けに自分も同じように返す。

「ふぁ、んッ…ん、オズ…ンっ…」
「…好きだよ、ギル」
「んッ…」

気持ち良いのか悪いのか、頭がぐらぐらとし始め、さすがにこれ以上はと握っていた服を軽く引っ張る。それに気づいて離れるオズは不満そうに、けれど満足げで幸せそうな表情を浮かべていて。一瞬、見惚れて、未だに掴んだままの服に気づき慌ててその手を離した。

「…かわいい、ギル」
「なっ…何言って…」
「瞳は潤んでるし、ほっぺた赤いし、それになにより唇が真っ赤に濡れてて、正直欲情する」

その彼の言葉に全身が恥ずかしさでいっぱいになるかのように熱く火照る。当然合わせられなくなった目線は、彼の視線から避けるように下を向く事しか出来ない。
結局、自分の気持ちなんて伝えることなく只、流されて。これで良いわけない、と思っているのに心の中ではこれで良いのかもと相反する部分がある。けれど例えそうだとしても、立場的に逆ではないかと疑問が一つ。

「…ベッド、行こう」

一つの疑問点が浮かんだかと思うと、耳元で囁かれ腕を取られる。咄嗟の出来事にわけもわからず椅子から立たされて、引っ張られるまま移動した先へと回転をつけられ投げ飛ばされた。

「オズっ!ちょ、ちょっと、待てッ!」
「何?もう、ギルに煽られてこっちは我慢の限界なんだけど」

何時俺が煽ったんだと、言い返しつつも、自分のこの疑問を口にせずにはいられない。覆いかぶさってくるオズの両肩を両手で何とか押し止めて、完璧雄の目をしたオズの視線に一瞬挫けそうになりながらも、その視線を受け止めて口を開いた。




「逆、じゃないのか?」

「ハァ?」



呆れた声、顔に面倒くさいと感情を貼り付けたオズが、一言ポツリと呟いた。

「……そこから、かぁ」
















意外な原因の続き



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