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□意外な原因 (オズギル)









違和感を感じた。

最初は些細なこと、気にもとめなかった事だったが、今になって考えてみればあれは前兆だったのかもしれない。


何度目か、数えるすら億劫になる程のため息を一つ。何本目かの煙草に火をつけ、灰皿が吸い殻でいっぱいになっている状況に、また再度溜息が零れた。

パンドラ本部。チェシャ猫の元から無事に脱出し、色々とあったがその為の小休止。各々が自由に過ごしている中、ギルバートはオズのいない客室で一人、持て余す時間を無駄に悩み事で潰してしまっている現状に溜息が止まらない。

(……避けられてる、のか?)


此処にはいない主人を想い一人ごちる。違和感は何時からだっただろう。もしかしたら本当はオズがアヴィスから戻ってきた時からかもしれないし、でもやはりごく最近かもしれない。気づいていたら少しずつ、ほんの少しずつ距離を置かれていた。

距離を置かれている、と自分が思っているだけで、オズ本人は意識していないのかもしれないし、ただ自分の勘違いなのかもしれない。けれども、この胸にかかった靄の正体は違和感からくるものだと感じる自分がいるのだ。


「……何か、怒らせるような事でもしたのか?」
「さぁ?けど、君は変なところで鈍感なので、知らない間にオズ君を機嫌を損ねるような事でもしたんでは?」

「……そうなのか…っ、て、ブレイク!!」


ハイ?と、いつの間にか目の前に座ってどこから持ってきたのかティーカップを持ちながら呑気にお茶を楽しんでいるブレイク。あまりにも自然な会話になっていて、全く気付かなかった自分に軽く自己嫌悪する。この男の突拍子も無い登場の仕方にはいつも驚かされて、逆に何時も驚いてしまう自分自身が憎い。

普通にドアから入ってこいと、暗に目で訴えると珍しくも目の前の男は苦笑を漏らした。


「ノックは一応したんですけどね?それに気付かないぐらいに、自分の世界に入っていたということでしょうけど」

「……悪かった」

「別に思考に耽ることも偶には必要でしょう?ま、君の場合は殆どあまり良い結果を生み出さないですけどね」


マイナス思考で悪かったな、とため息と共に悪態を吐く。自分の感情を読み取るこの男は何時まで経っても苦手な存在だ。


「で、オズ君にとうとう嫌われましたか?」
「ッ…!」


ブレイクの言葉が胸に突き刺さる。本当はその結論に至っていた。只、それに気付かない振りをしていただけで。
もしかして本当にそうなのか、とその事実に呆然とし手に持ってた煙草がポロリとテーブルの上に落ちる。

拾わなければ、という意識があるものの、その言葉の重みに身体も心も動かない。


「…冗談ですヨ?」


重症ですね、と言葉を続けながらも、テーブルの上に落ちた煙草を手で掴み、自分の口へと持ってくる。一度落ちたものを、という認識はあれど、今は促されるままそれを咥えて紫煙を吐き出した。
今までだったら性質の悪い、この男独特の冗談で話は済んだはず。けれど、あながち冗談で終わらない気もする。


「……そう、見えたか?」
「君を嫌っているようには見えませんよ?ただ、オズ君も色々と考えがあるのでしょう…色々ありましたし、ね。今は、一人で考えたい、と言う事だと思いますけど?」

「…お前が親切だと気持ちが悪い」
「いつもの調子が戻ってきたみたいですね…まぁ私は寛大なので今回は大目に見ますが」


色々と突っ込みたくなる台詞をにっこりと意地の悪い笑みを浮かべて呟くブレイクに背筋に悪寒が走るが、少しだけ心が落ち着いた事に気づいてゆっくり息を吐き強張っていた身体の力を抜く。さすがに助言を求めてこの返答はあまりにも酷いなと思うが目の前の男に素直に礼を言う事に気恥ずかしく感じてしまい目線を外した。

当惑しながら煙草を灰皿に押し付けていると、その様子を眺めていたブレイクと目が合う。解ってますよ、と暗にそう言っているような紅い瞳に囚われた。


「…前にも言いましたが、君のその執着心は少々危ういですね」
「……」

以前とは少し違う言い回し方。けれど本質は同じだろう。

確かに、主人であるオズが少し傍を離れるだけで心の中にどうしようもない焦りが生じてしまうのも事実。ましてや、自分という存在をオズから拒絶されると、本当にそんな事が起こってしまうようであれば自分はどうすれば良いのか、どうしたいのか、どうなってしまうのか自分自身よく解らない。
結論が見出せない事を結論を出せない事を悩みにすり替えるのは時間の無駄だ。そう、無理やりに思考を止めて、行動すべく席を立った。


「ま、それが一番手っ取り早いですネ」
「……」


何もかも解っているような顔をしている男を少しだけ睨みつける。八つ当たりに近いものを感じて、大人げない自分の行動を止めて溜息を吐いた。


「…行ってくる」
「当たって砕けないように、頑張って下さい」
「…縁起でもないことを」


これがこの男なりの優しさだという事には気づいていても、その言葉につい感情的になってしまうのは仕方がない事で。再度相手を一瞥し、自然と零れる溜息を最後に主人を探しに部屋を出た。





目的の人間はすぐに見つかった。

「……オズ」
「ん?どうしたのギル?」


外階段の踊り場に主人は一人そこに広がる景色を眺め立っていた。自分の声に反応し何時もと変わらない笑みを浮かべてこちらを振り返る。

10年前と変わらない。それはもちろん彼の過ごしてきた時間と自分の過ごしてきた時間は全く異なるもので、彼にしてみれば数日、自分にしてみれば10年というその違い。けれど、自分が見てきたあの頃の主人とはどこか違って見えるのも確かで。変化を強要せざるおえない環境の元、素直に受け入れ今ここに立っている彼は自分の知る10年前の彼とは違うのだと改めて認識させられた。


「何?もしかしてなんかあったの?」
「いや、そうじゃなくて…」
「じゃあ何の用?」

首を傾げる主人はいつも通りの姿に見える。けれどその言葉は、理由が無ければ傍に居る必要性は無いとも受け取れる。前なら、理由が無くても一緒に居る事もできたはずで。

(やはり、何かが違う…)


自分の違和感の原因は目の前にいる主人に聞けば解ること。しかし、本人を目の前にすると何故か本題に入ることができなくて、主人の瞳すら見つめ続けるのも苦痛に感じて目線を逸らした。

「…俺に聞きたい事があるんでしょ?」
「……あぁ」

オズの言葉は重みをもって自分に投げかけられる。声色の少し変わった主人に視線を戻すと、表情はそのままでけれど自分を熱の冷め切った目で彼は見ていて。思わず胸の辺りの服を強く握りしめ、耐えがたい視線から目を逸らすことのないようにやり過ごす。
何故、こんな目で見られているのか、その原因は何なのか。違和感の正体は自分にとってやはり良いものでは無いのだろうと、どこか頭の片隅で思った。


「……俺は、お前に何かしたか?」
「何かって?」
「怒らせる事とか…失望させたとか」

「何で?そう思うの?」

相変わらず瞳だけは感情を感じ取らせない彼の追及に自分の心が簡単に折れてしまいそうな予感がする。

逃げても前へと進んでも、結果は同じ事のような気がするのだが、それならばせめて理由が知りたいと、重い口を開いた。


「俺を…避けていないか?」





「あぁ…ようやく気づいてくれた?」






その言葉に目を見開く。にっこり頬笑みを浮かべながら、嬉しそうな声色を滲ませるオズに頭が今にもパンクしそうで。堪らず浮かんだ疑問をそのまま言葉に変える。


「っ…どうして…俺は、お前に何か」
「別に何もされてないよ?」


朗らかに話す主人の瞳にはいつの間にか光が戻っていて。呆然とその言葉を頭に入れ、その表情を目に写すと、様変わりした主人に混乱した。

一体、主人のこの変わりようは何なんだろう。何が、起こっているのか、全く掴む事のできない状況に眩暈さえ起こしそうな自分。


「…では、何で?」
「ま、八つ当たりみたいなものだけどね…ギルは別に悪くないよ?ただ、ちょっとしたお仕置き、かな?」


お仕置き、と呆然とその言葉を繰り返す。それは暗に自分が何かしてしまったから、という事ではないのかと再度尋ねようと口を開く前に、オズが自分の元へと近づき見上げる形で言葉を続けた。


「だって、ギルさ、ジャックって呼んだでしょ?」
「え……?」
「あの時は確かに俺はジャックに身体を貸してたよ?だからギルがそう呼んだのも間違いじゃない」

でもさ、と続けられた言葉に、目を見開く。

「なんか、ギルには…ギルにだけはそう呼ばれたくなかったかなぁって…」
「……オズ」

何て言葉を返せばわからない。確かに自分はオズの名を呼ぼうとして、けれど浮かんだジャックの姿に自然とその名を叫んでいた。それが、彼を少なからず傷つけあまり良い思いをさせてなかったということに愕然とした。
何か、何か言わなければ、と口を開くが、目の前で少し寂しそうな表情を浮かべる主人を見て何も言葉にできない、不甲斐無い従者としての自分。罪悪感が生じ、自分自身に苛立ちを感じ唇を噛み締めた。


「そんなに重く受け止めなくて良いよ?ただ…」
「……ただ?」


少し躊躇いを見せる彼に、言葉の続きを促す。どんな言葉も受け入れる、それが自分に与えられた罰だと、オズの言葉を受け入れ二度と同じ事はしないように意識する事しか、今はそれしか出来ない自分。
足が崩れそうになるのを脆い精神で耐えながらも、オズの瞳を真っ直ぐ見つめ、言葉の続きを待った。


「…ジャックにも嫉妬したけどギルにも嫉妬したって感じ?」
「……?」
「だからちょっと意地悪して、ギルの関心を自分に向けてみた」
「……??」
「あ、わかんない?まぁ鈍感だし仕方ないか」


けらけらと笑う主人に、何か凄い事を言われたのだと感覚では解るが頭では理解できない。嫉妬、自分とジャックに?何故、とその議題が頭の中を一順しもう一回り回ったところでようやくその意味に気づくと、顔が一瞬で熱くなった。

「な、なっ…!」
「あ、理解した?ま、そういうことだから!」


ポンポンと肩を叩かれ自分のすぐ隣を通って室内へと戻っていくオズ。その背中を呆然と眺めることしかできない自分に、彼はくるりと身体を反転させて振り返る。




「主従関係も友人関係も得たけど、残りの関係性も絶対に手に入れるから」

覚悟しといて、と大人びた表情、声色で告げられて、頭が真っ白になった。













シリアスと見せかけて




あきゅろす。
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