□暇つぶし (オズギル)
少しだけ退屈だった。
「ねぇ、ギル?」
「ん、なんだ?」
「ちょっとこっちに来てくれない?」
訝しげな表情のまま読書の手を止めてソファに座る自分の所にゆっくり近づく彼に、丸っきり黒い部分なんて無いですと言わんばかりの明るい表情で手招きする。
さすが従者だけあって素直にこちらに向かってくる彼に心の中でにんまり笑みを浮かべた。
「どうした?」
「いいから、隣、座んなよ」
ポンポンと隣のソファを叩いて座るよう促せば、若干の疑問を浮かべながらも従う彼。?マークを顔中に浮かべながら、どこか少し警戒している様子を見せる彼に、安心させるようににっこり微笑む。至近距離での微笑みに少しだけ頬を染めた彼を可愛いなと内心思いながらも、こんな所で喰い付いてしまえばある目標地点まで達せ無いと理解できるから何とか出したくなる手を押し止める。
「何か、あったのか?」
「別に?只、ギルと話したかっただけだけど?」
「……そ、そうか」
声のトーンを落として出来るだけゆっくりとしたテンポでそう告げれば、目線を逸らして僅かに染まった頬があっという間にピンク色に染まる。言葉云々ではなく、自分の少し落ち着かせたこの声に弱いんだと気付いたのは何時頃だろう。多分、ごく最近。彼の無邪気さが無くなり、変わりに少し天邪鬼で大人な彼と再会してからだ。
「ねぇ、ギルバート…ほっぺた赤いよ?熱でもあるの?」
「いや、大丈…ッ!」
彼の言葉は最後まで発する事無く途中で途切れる。
僅か数センチ。頬に手を当て額と額を当ててあくまでも熱を測っているのだという名目での行為に驚きで声も出ないのだろう。
目を見開き金色の瞳がよりいっそう輝いて見え、ドクリと体中の血液が沸騰したのがわかる。これでは何の為、が曖昧になってしまいそうで、慌ててその芽生えそうな感情を捨てて、心配を全面に押し出しての演技を再開させた。
「熱は…ちょっと熱いかな?」
「い、や…大丈夫だっ!」
「そう?」
自分の手を振り切って反対方向へと顔を背ける彼に少しだけ残念な想いに駆られる。彼は自分の頬に何かから守るかのように手を当て、そんな仕草に愛しさを感じてしまう自分は後戻りできないラインに両足突っ込んでいるようなものだ。今更なのだけど。
「あ、悪い…」
「ん?別に?体調が悪くないなら俺は安心だけど?」
手を振り払った事による謝罪なのだろうか、それとも心配させてしまった事への謝罪か。どちらも含まれてそうな言葉に相変わらず律儀な奴、と苦笑した。
「…どこも悪くは無い。気の所為だろう」
ギルバートが心配です、と心の底から思っているような表情を浮かべていると、やはり視線は僅か上空に、自分と絡むことは無い。優しく、気を遣われるのは10年経っても変わらないのだなと、それが実は自分限定なのだと知ったのは昔から。
嬉しくもあり、少し残念でもある。
できれば自分だって思いっきり甘やかしてあげたいし、優しくも紳士の様に気遣い心遣いしてエスコートもしてみたい。
10年で思いのほか背が高くなってしまった彼を自分が見上げる形になってしまうのはかなり不満だが。
「でも顔は赤いままだし、目もちょっと潤んでない?最近、激務だったから疲れが出てるのかもしれない」
少しだけトーンを落として、熱の冷め切ってない頬に手を当て心配していると全面に出す。
僅かに身動ぎ、けれど自分の好きなようにさせているギルバートはつくづく自分に甘いのだなと再確認する。だったら、と、彼の許容範囲は一体どこまでなのかと試したくなるのは仕方が無い事だ、と心内でにんまりと笑みを浮かべた。
「いや、本当に大丈夫だから…俺の事なんかより自分の事を心配した方がいい。疲れてるのはオズだって同じなんだぞ?」
「俺は全然平気。だけど、ギルに何かあったら俺が大丈夫じゃなくなる」
頬に当てた手をゆっくりとずらして、首筋に沿うように触れていく。さすがに居心地が悪かったのかその手を掴み、けれど外す事無く掴んだまま。自分の言葉の奥に隠されたモノを探っているのだろう。いくつもの表情がそれを物語っていて。
更に追い討ちをかける為に掴まれた手を握り返して自分の方へと引っ張り、近づいた彼の耳元にどびきり甘い声で囁いた。
「愛してるからね」
その言葉と同時に彼の体中が驚くぐらい大げさに反応する。
少し離れ想像するに容易い表情を頭の中に描きつつ、俯く彼の顔を覗き込んだ。
「な、な、な…」
「……っぷ」
もう顔どころではなく耳も首筋までも真っ赤に染まって、告げられた言葉に対しての羞恥で身体も震えている。想像していた通りだけど思わず噴出してしまって、あ、と慌てて口を手で塞いだ。
「……オ、ズ?」
「……な、何?」
噴出した声に顔を上げて、どこか震える声で自分を呼ぶギルバートに、手で押さえたままの状態で返答する。
あ、バレるな、と思った瞬間、頼りなさげに眉をハの字にさせていた彼の眉は一気に釣りあがり、若干潤んだ瞳もあっという間に乾いて目も据わった。
主人と従者という関係性が無ければ殺されそうだな、と暢気に考えながらいまだに掴んだままの手をぎゅっと握り締めて首を傾げた。
「まさか、信じてないの?」
「信じるも何も…からかっただけだろう!」
ワナワナと怒りで震える彼にさすがにもう無駄か、と掴んだ手を離してひらひらと振った。
「いやー、良い暇つぶしになったや。あ、でもあの言葉に嘘は無いから」
「は…?」
「好きな子は苛めたくなるものでしょ?」
その言葉に呆けた様子の彼の額に少しだけ背筋を伸ばして軽く口付けた。
暇つぶし
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