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情報不足












騙された、瞬時に脳がそう判断した。


パンドラ内部の調べものの為に訪れた書庫で、耳に入ってきた単語に反応する。ひっそりと静まり返ってる室内で、囁くように会話をしているその内容に次の瞬間、頭を傾げた。
囁く声が小さすぎて聞き取れないが、断片を聞き取っては自分の脳内の記憶と照合し、再度首を傾げる。何かがおかしい、と思った瞬間、白に赤の残像が過って思わず声が出た。

「あ……あ、すみません」

思いのほか大きな声に、身近にいた数人が自分を振り返る。慌てて謝罪の言葉を、そして慌ててその場から立ち去った。

ブレイクの顔が浮かんできたのは何ら問題では無い。寧ろ、その方が正しい。
先程の会話の内容は自分の知っている、正しくはブレイクから受け継いだ知識だが、その記憶の中の知識とズレが生じていて。何かがおかしい、この違和感はきっと確実に自分にとって良く無いものだと感覚で悟る。このズレの正体を掴むべく、脇に書物を抱えながらパンドラ内部の廊下を足早に通り過ぎた。



主人が居なくなってからもう三年。長いと思うし、けれどあっという間だったとも思う。怒涛のように過ぎていく毎日の中、パンドラに自由に出入りできるようになった。主人を救うための知識なり実力なり、そういったものを補える場所で、相応しくない会話が聞こえて思わず聞き返したくなった。

『ここんとこずっと忙しくてさぁ、溜まってんだよな』
『良い店知ってるけど…抜きに行けば?』
『馬鹿。俺は恋人に会いたいんだ』

何気ない会話だったのだろう。いくらか年配の男同士、談笑しながらの会話を普通であれば聞き流していた。だが、少し違和感も覚えた。
(抜く…?ブレイクに…してもらってる事?恋人って…)
一つ疑問に思えば後から後から疑問が生じる。実際、その辺の知識はブレイクからの口頭なり実践なりで教えてもらってきた。だが、良く考えれば、あのブレイクなのだ。一から十までを信じ切って良いのだろうかと、不安に駆られる。

そしてその不安は見事に的中した。



「な…な…」

ナイトレイ家の書庫にあった一冊の本。パンドラから帰って来て、自分には縁が無いと思っていたその本を手に取って、すぐさま自室に篭る。本のタイトルは『身体の仕組み』。普段は一ページ一ページじっくりと文字の羅列を目で追う時間を唯一の癒しとしているのだが、今回は違う。何かに追われるように、ペラペラと捲り自分に必要な情報だけを抜き取り、また次のページへと。
文字の羅列を追うごとに様々な情報が頭をかけめぐり、混乱と共に沸々と怒りが込み上げてきた。

「や、やっぱり…」

パタンと感情任せに本を閉じれば思いのほか大きく響いた音が室内へと響く。本を持つ両手が僅かに震えているのは、湧き上がる怒りの所為か何も知らない世間知らずなままの自分に対する羞恥なのか。どうしようもない感情があふれ出しそうで、自分自身でうまくコントロールできそうに無い。
本に書いてあった知識は、自分がブレイクから教えてもらった知識とは全く違うもので。偶に起こる自分の体の異変は、人間の男性であれば必ずしも起こる自然現象で。そして何度も何度もされるがままに行ったあの行為は、生殖行為だという事実。もちろん、男同士でするものではない。
何故、自分は今の今まで疑うことさえしなかったのだろうか。相手はあのブレイクなのだ。確かに最初のころは、まだどこか親切にしてもらった覚えはある。だが、年々本性が現れたのか、意地の悪い部分も大いに知って最近ではずっと会うたびに警戒していた相手なのに。
自分に対する怒りもプラスして、頭に血が上る。ベッドに倒れこみ、行き場のない感情を持て余しながら頭からシーツを被った。
(取りあえず、問い詰めて…いや、でもどうせ、また上乗せしてからかわれるに決まっているし…ようやく気がつきましたか?なんて白々しく言ってきそうだ…仕返しすれば倍返しになりそうだし…泣き寝入りしか…)
悶々と感情の行き場をブレイクに当てて考えていると、コツン、窓から音がしてベッドから飛び起きる。何度か経験のあるその音の正体は、紛れもなくあの男だろう。そろそろと抜け出し窓から僅かに離れた敷地外を見渡せば、相変わらず飄々とした姿のブレイクが手招きしているのを見つけて、僅かに口元が緩む。ゆっくりと踵を返し音を立てずに部屋を出る。どこか嬉々としている自分に気づき、ハッと表情を改めた。
(何を…オレは怒ってるんだっ…ブレイクに会えて嬉しいとか…)
先程得た知識さえ無ければ、嬉しかったのかもしれない。主人の居なくなってしまったこの世界に、唯一、感情を与えてくれる相手がブレイクで。殆ど怒りだったり哀しみだったりするのだが、気まぐれに喜びも楽しみも感じさせてくれる相手。現にこうしてここまでの感情を植え付けるのはブレイクぐらいだろう。
もしかしたら何かしら理由があって、嘘をついたのかもしれないし、自分の考えすぎかもしれない。思いのほか自分の中に居るブレイクの存在に気づいてしまって、足早に向かっていた足がゆっくりとした動作に変わる。
会って、何を話せば良いのだろうか。ブレイクは何かしらの用事があるから此処に来たのだろう。それは何時ものことで、主人に関わる情報だったり、全く関わりのない会話をする日だってある。定期的に訪れたり、不規則になったりと、気まぐれなブレイク自身を現すかのような訪問が実は何かしら裏があっての訪問なのかもしれない。自分に全く気付かせないような言動行動は計算されつくした上でのものなのかもしれない。
考えれば考えるほど、ブレイクという存在が曖昧に、どこか強烈に印象を自分のナカへと刻まれている。何がどうしてこうなってしまったのか、原因を探るべく原点に戻れば怒りまで一緒に戻ってきて、まずはこの怒りをブレイク本人にぶつけようと心に決めて鈍間になった足を早急に動かした。




「…何ですカ?そんな怖い顔シテ」
「自分の胸に手を当てて、よく考えてみて下さい」
「思い当たる節が多すぎるので、聞いてるんですヨ」

何時ものように屋敷近くにある公園まで向かい、ベンチに腰を下ろしたところで目の前の男を睨みつける。用事があったのかもしれないが、先にこの自分の中の怒りをどうにかしなければ冷静に聞く事も出来ないだろう。
ブレイクは顎に手を当て頭を傾げながらのんびりと考えているようで、その呑気な姿に怒りが増長した。

「あ、もしかして前回会った時に媚薬使ったのバレちゃいましたカ?」
「ハァ!?」
「アレ?では、その後に意識失ったキミの裸体に、芸術的な印を付けた事ですか?」
「あ、あ、あれはブレイクさんの仕業だったんですか!」

媚薬という単語は聞いた事が無いが、きっと良くないモノだなんて解りきっている。そしてあの時、起きた時に服は着せられていて。気づいたのは屋敷に帰ってシャワーを浴びた時で。主に上半身に付いた発疹のような印はてっきり何かの病気かと思ったぐらいで。
暫く経って消えたあの時の喜びを返せ、と言わんばかりに目の前の男を睨みあげた。

「一つ良い事を教えてあげまス」
「……何ですか?」

話をすり替えられて堪るかと警戒心たっぷりに伺えばニコリと意味深に笑みを零すブレイク。ふら、と近づいてきたかと思えば両手を囚われ顎を持ちあげられる。早業に目を見開いて、言葉を発する前に口を口で塞がれた。

「んぅ!」

こんな場所で、こんな事ありえない、と頭の中が警報を出しているのに両手も顎も固定されて唯一出来る事は口を塞ぐ事だけ。じたばたと足をうごかしながらも、唇を舌で舐められて思わず開いてしまう口にブレイクの舌が遠慮なく入って咥内を掻き回される。

「んっ、ふ…ぅんッ」

怒りや羞恥は次第に遠くの方に飛んでってしまう。知ってしまった自分に頭の中ではちゃんと拒否すべきだと解っているのに、身体が言う事を聞かない。慣れてしまったといえばそうかもしれないし、案外、キスされるのは嫌いでは無いのかもしれない、と朦朧とする頭の中でごちゃごちゃと考えていれば、舌を強く吸われて身体がビクリと大きく震えた。
身体の中心が熱い。状況に気づき顔だけは無く耳までが熱く色だって紅潮してしまっているだろう。ブレイクも気付いたかのように咥内で器用に笑い、それすらも羞恥で固く閉じた目からは涙が零れてしまう。

「そんな可愛い顔してると、私だけでは無く、様々な者から襲われて犯されてしまうんですヨ」
「っ…ハぁ…ッ、な…に…」

親切からの忠告なのかもしれない。が、実践では無く口頭で構わない、と思うのは自分だけなのだろうか。
息を整えながらブレイクを睨み上げようとして、先程の言葉を思い出し視線を逸らす。そういう顔とはどういう顔なのだろうか、と疑問に思うが目の前の男に聞いてまともに答えを貰える可能性は少ない。
変に言葉を発すればまた同じような過ちを繰り返してしまうのは目に見えているのだから。

「……解りました。以後、ブレイクさんの前でも気を付けます」
「フム…良い心がけですが、私の前だけではしても良いですからネ」
「っ!結構です!!」
「恋人に向かってつれない言葉ですネェ」

帰ろうとして立ち上がりブレイクを押しのけた所で足が止まる。馴染みの無い単語に聞き間違いかとブレイクの顔を見上げて、しまったと思った瞬間には顔を両手で挟まれて口を塞がれた。
短くて深い口付に半ば茫然と立ち竦み、は、と気付いた時にはまた顔を近づけてくるブレイク。思わず自分の口を両手で塞げば、ニヤリと口の端だけをつり上げて笑われる。

「こ、いびと?」
「そうですヨ?だから、私だけなら構わないですからネ」

コクリ、と頷きかけて止まる。恋人って何だっけ、と動かない頭で必死に考える。そんな自分を面白げに眼を細めて見つめてくるブレイクに口を両手で隠したまま頭を捻らせた。
恋人、とは確か、女性と男性が互いに想いあって、それが続けば結婚に至るような関係を示す言葉、という結論に至ったのだが自分とブレイクにそれは当てはまらない。

「男性同士も恋人同士にはなれるのですヨ。昔々の神は異性同性関係無く愛し合ったものです」
「…そ、うなんですか」
「キミにはまだ早かったですかネェ?」

子供扱いするかのように頭を撫でられてその手を払いのける。

「子供扱いしないで下さいっ。オレはもう17ですっ」

ふー、と威嚇するように叫べば目を細められて怒りが和らぐ。優しく温かくどこか居心地悪いその眼差しから視線を逸らす。ブレイクの視線はオスカーや主人と変わらない、心が安心するようなそんな視線。
ふわ、と額に感触があり視線を戻せばブレイクにキスされているんだと解って思わず目を閉じた。羞恥心を一切感じさせない、まるで家族のようなキスに先程まで感じていた怒りはどこかへ消えてしまう。
帰りますネ、とくるりと身体を回転し歩くブレイクの後ろ姿を見ながら、次会えるのはいつなんだろうと考えて、は、と気づく。
(…何時の間に恋人同士になったんだろ…?)
自分の中の認識としてはブレイクに間違った情報を植え付けられて身体の関係を結んでしまったはずで。けれどブレイクの言う恋人同士が自分たちに当てはまるのであれば何らおかしいところは無いようにも思える。
様々な疑問が浮かんで、消えた。
(…次会う時に、聞こう)
ぽかぽかと温かい心のまま帰り道をゆっくりと進んだ。







無知な子供 続編




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