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「オスカー様!」

懐かしいぐらいに久々に、見慣れた後姿を見つけて走り出した。
数か月は見ていないその姿に心が躍る。仕事が立て込んでると、自分とオズに宛てて書かれた手紙だけでの繋がりしか最近は無かったその人物に自然と笑顔が零れてきた。
自分の声に気づいたのか、振り返るその姿はいつもと変わらず明るくて逞しくてどこか安心感を与えてくれる。近づき、走って息の上がった呼吸を整えるように深く深呼吸していると、頭を力強く撫でられて足もとが揺れた。

「うわ、っ」
「お、スマンな。少しは大きくなったか?」

転びそうになる自分の身体を逞しい腕で支えられ、再度、優しく頭を撫でられて、その久しぶりの感触に顔が熱くなる。視線を合わせれば柔らかい表情で頬笑みを向けられて、嬉しいのか恥ずかしいのか、その両方なのか解らずも口元を緩ませながら挨拶をした。

「お久しぶりです。オスカー様。お元気そうで…」
「ん?やっぱり…ギルバートちゃんと背筋を伸ばして見ろ。若干身長が伸びたんじゃないのか?」
「え、えッ…」

自分の挨拶など言い終わる前に右から左に流されて、少し強引なところは主人と似ているなと今更ながらに感じつつも、言われたとおりに背筋を伸ばす。見上げた視線が微妙に記憶のモノと違うのは自分の背が伸びたからだろうか。理想の父親みたいな存在感を持つオスカーに言われるまで気づかなった自分の変化に、成長しているんだと気づけて、また気づいてくれたんだと嬉しく感じて笑顔を浮かべた。

「ん…?…うーん………やっぱり気の所為か」
「えッ…え、え……そ、うです…か…」
「……プっ…ワハハハハッ冗談、冗談だぞ。なんだギル?泣き虫は直ってないのか?」

純粋に感動した瞬間にバッサリと切り捨てられるような感覚。しゅんと項垂れた自分に、すぐさま言い直して豪快に笑いながらからかう様に尋ねてくる。髪を掻き回されてあちらこちら飛び跳ねる自分の髪の毛を押さえながら、否定の言葉を口にしようと口を開いたその時。

「オスカー叔父さん!」
「おーオズ!」

普段は見せないような笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる主人の姿。やはりオスカー様は安心させる存在なのだと、主人の純粋な笑顔を見て心が温かくなる。

「オズ、お前も伸びたか?」
「何?身長?ギルよりかは伸びてるよ」
「うぅ…」

先程の傷にグサリと刺さるような主人の言葉に、足もとから地面へと崩れ落ちる。どうした?と訊ねてくる主人の表情はこの状況を知った上での表情だ。にやりと口元をつり上げる主人が自分の手を引っ張り立ち上がるのを促しながら、自分へと顔を近づけてくる。
何だろう、と思った瞬間には耳元に主人の顔が。吐息交じりで囁かれた。

「ギルはオレより大きくなっちゃダメだからな」
「っ…何…で、ですか?」

小さくて低く出された声。ぞわっ、と背筋に感じる悪寒とも言い難い妙な感覚。妙な威圧感をも感じさせるような言葉に、すぐさま離れていく主人の顔を見上げながら小さく尋ねる。

「そうだな…男としてのプライドみたいなものかな?…今は」
「…どういう意味です?」
「お、なんだ?オズ、またギルを苛めてんのか?」

違うよ、と否定の言葉を口にするオズの雰囲気は変わらず自然で。先程の言葉だけに違和感を感じながらも、部屋へと移動するのか主人に声をかけられる。仕方なく考えを中断させて、そこへと向かった。







「っ…ぅ……ここ、は…?」

目を開けばそこはここ何日かで見慣れた天井。痛む頭を押さえながら上体を起こせば、静まり返る室内の中に自分が一人。夢だったのだと理解するのは早かった。
酷く懐かしく幸せな夢を見て、自分の心に残っているのは僅かな幸福感と小さな不安。
オズはどうしてあの時、あんな事を言ったのだろうか。あの瞬間変わったのは言葉ではなく空気。穏やかとは決して言い難い、そんな雰囲気が一瞬で作られ一瞬で終わった。
言葉の内容は、ごく普通の男なら誰しもが気になる身長の事。それはオズがこちらに戻って来てからも何度か自分を弄る為の話題でもあり、そこまで重要視するものでもないような気がするのも確か。
けれど、ただの会話にしては妙に記憶に残りすぎていて。
起きたばかりの頭では何時まで経っても答えが見つからない。頭を左右に何度か振りながら、仕方なく考える事を途中で区切るとベッドから降りて室外へと繋がるドアを目指して歩き出した。




「あら、もう起き上がって大丈夫ですの?」

少し気だるいながらも起き上がり部屋から出た瞬間にシャロンと遭遇する。相変わらずの笑顔で微笑まれ、ぎこちなくそれに返答を返した。

「…あぁ、すまない。迷惑をかけて」
「いえ、私は何も…ずっと付きっきりだったのはオズ様ですし」
「……オズは今どこに?」

多分今は朝と昼の間の時刻だろう。主人の姿を見たのは昨夜で最後。微妙な心境の中、オズに会うのは少し躊躇いがあるのだけれど、従者の悲しい性なのか自然と尋ねていた。

「オズ様なら、また少し取調べとの事で、ブレイク一緒に朝からいません」

その言葉に眉を寄せつつも、仕方がないとばかりに溜息を一つ零す。回数は少なくなってきたとはいえ、重要人物であるオズがパンドラの敷地内にいる限りそれは続くのだろう。彼等の行為は仕事上で理解はできるかもしれないが、気持の上では賛同はしかねると、自分が言ったところでどうにもならない。
数日吸っていないタバコが無性に吸いたくなり、手持無沙汰に腕を組む。

「…あの、バカうさぎは…?」
「今丁度、お茶の時間でして、隣の部屋にいますけどご一緒にいかがですか?」

ニコリと誘われて咄嗟に断りを入れる。正直どこか苦手意識のあるシャロンと、アリスとはあまり一緒にはいたくない。シャロンもその答えが解っていたのだろう、意味深に笑みを浮かべて隣の部屋へと向かう。
自然とその背中に視線を移せば、くるりとドアの正面で振り返るシャロン。

「あ、そうですわ。私、三日目の方に賭けてますの。なので今日中に素直に自分の思いのままに行動して下さいね」
「…?どういう意味…賭け?」

シャロンの言葉に首を傾げながら尋ねると、どこか凄みのある笑顔を向けられてゾクっと嫌な感触が背筋を走る。何でもない、と言いつつドアの向こうへと消える後姿を呆然と見送りながら、その言葉の意味よりも何とも言えない後味の悪さに一つ溜息を吐いた。











違和感




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