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身体を揺らされる感覚に、薄ら瞼を開けば覗き込んでくる主人の心配そうな顔。
あぁ、自分はまた眠ったのかと、そこで初めて気づいてぼんやりとしたままの状態で上体を起こす。
サイドテーブルには湯気の立ちあがっている料理が置かれ、寝る前にオズが言った言葉を思い出し眉を寄せた。

「起してゴメン。でも、眠るのも大事だけど、栄養も大事だから」
「いや…俺の方こそお前にこんなことさせてすまない」

10年前には考えられなかった行動。どこの貴族が風邪を引いた従者の為に主人自ら看病するというのだろう。そういった意味を込めての自分の発言に、きょとんとした表情を浮かべるオズ。いいよ、と苦笑交じりに呟いて料理の入った皿をトレイに乗せたまま自分の膝へと置いた。
食欲は皆無だが身体を治すのが先決だと、見るからに病人食な料理を見下ろしつつスプーンに手を伸ばす。

「食べさせてあげようか?」
「は?」

料理を口へと運ぶ手前でのオズからの発言に、口元が開いたままでの状態で止まってしまう。
何を言っているのかと訝しげに眉を寄せれば、冗談も通じないと言わんばかりに大きく溜息を吐かれまるでこちらに非があるかのような台詞に憮然としつつも止まっていた手を動かし料理を口元へと運ばせた。

「熱っ…」
「あ、もー何やってんの…ほら、やっぱり貸して」

意外な熱さに口元を押さえていると自分の膝から皿とスプーンが奪い取られる。何を、と尋ねようと口を開きかけの状態でまた再度止まった。

「見るからに熱そうなのにさ。熱で頭までおかしくなってんのか…はい、あーん」

ぶつぶつと仕方がないなと呟きつつ、スプーンに一口分、フーフーと息を吹き丁度良く冷ましたところでそれを口元へと近づけられる。
そんな主人の予想外すぎる行動に反応を返せずにいると、半ば強制的にスプーンを唇に押し付けられそのまま入ってくる料理を素直に咀嚼した。

「…自分で食べる」
「いいよ。今のギルに任せると大惨事が起こりそうな予感がするもん」
「大惨事って…いや、だがな…」

ようやくまともな思考能力が戻ってきた瞬間にまた押し付けられる料理。ありえない、と心の中で絶叫しつつも目の前のこの主人から逃れる事は出来ないだろうと長年染み付いてきた脳内がそう結論づける。ただ、どうしようもなく恥ずかしくて、オズの瞳をまともに見れないこの状況。

「何?照れてんの?」
「っ…煩いっ」
「ったく、口ばっか悪くなっちゃって。中身は可愛いままだね、ギルは」

反論しようと口を開きかけたところにまた入ってくる料理。じわりと顔が熱くなってくるが気にせず睨みつければ、目の前の主人は口元をつり上げ意地の悪い笑みを浮かべるだけ。その様子が一瞬、ブレイクと被り無意識のうちに身体が震えた。

「ん?寒い?」
「いや、お前が一瞬ブレイクと」
「ブレイクと一緒にされるなんて心外なんだけど」

自分の言葉に被せるように言葉を発するオズに、しまったと口元を押さえながらちらりとオズの顔を見る。背筋に走る悪寒に先程の失言を後悔しながらも、妙な威圧感を持ったオズが手を顔に近づけて来てくる。長年沁み渡った僅かな恐怖に身体を竦ませながらも顎に手を当てられ目を見開いた。

「オズ…?」
「…それとも、もしかしてギルはブレイクと同じように口移しされたいのかな?」
「なっ…!」

そんなわけ無い、とその手を振り払うとオズの身に纏う空気ががらりと下がり、またしても過ちを犯してしまったのだと気づく。けれども一般的にどう考えたっておかしいことを言っているのは主人であるオズ。その根本の原因は自分の失言なのだろうけれど、口移しで、だなんて想像するとあまり気持ちの良いものではない。
けれど、動物的で背徳的な行為の誘い文句が一瞬でも酷く魅力的に感じてしまった自分がいたのも確か。
その理由を俯き考え込んでいるとベッドに座る主人の雰囲気が和らぐのを感じ、視線を上げて表情を窺う。肩を震わしながら笑いを堪えているオズに、からかわれたのだと気づいて怒りよりも先に羞恥で身体が震えた。

「ギルってば本気で考えちゃって…」
「…っ」
「ブレイクのも冗談だろうけど、オレはそこまで身体はれないし」

無理無理、と笑いながらも暗に嫌悪感を含んだ台詞のオズに薄ら笑みを返して同調を示す振りを。
一瞬でも考えてしまった自分に全身の血の気が一気に下がる。何を考えているのだろうと、自己嫌悪で呼吸が苦しくなる。
そんな自分の状況を知ってか知らずか、言葉を重ねるオズに小さく息を飲んだ。

「でもギルってば長いこと考えてたけど…実はして欲しかったりして?」
「……そんなわけ無いだろう」
「そう?良かった。オレがいない10年のうちにギルがソッチ系の人になってたらどうしようかと思ったよ」
「まさか」

綺麗に笑う主人の一言一言にどこか棘を感じてしまう自分。被害妄想なのか本当だからなのかは解らないが、至って普通に食事を再開させるオズに取り繕うように笑みを浮かべながらも、心はどこか固く動かなくなって。
一瞬でも考えてしまった自分をオズに知られたら、その時オズはどうするのだろう。軽蔑するのだろうか。それともそれさえも受け入れるだろうか。受け入れて、そして知らなかった振りをするのは上手そうだなと、どこか遠くで思いながら。

「はい、あーん」
「…もう、良い。これ以上は食べれない」
「ん、まぁ半分は食べてるから良しとするかぁ。じゃあ片づけてくるから」
「悪い、な」

いいよ、と再度綺麗に笑みを浮かべるオズに感謝の言葉を。トレイを持って部屋から出ていく主人の後姿を眺めながら、小さく息を吐く。
僅かに緊張感が途切れ、妙に倦怠感の増す身体をベッドへと倒す。浮かんできた先程までの思考が頭を一気に重くさせて。
一瞬でも考えてしまった自分をオズに知られて、そして知らなかった振りをされて、ゆっくりと開いていく距離にどうしようもできない自分を想像するには容易い。
自分の想像に恐怖で身体が震えた。

「…何を…風邪でおかしくなってるだけだ」

自分に言い聞かすかのように呟けば、しんと静まり返る室内が酷く寂しく感じる。もう、考えない、とシーツを頭から被り瞼をぎゅと閉じる。
置き去りにした自分の感情が悲鳴を上げているかのように小さく痛む胸には気づかない振りをした。






言葉の捉え方




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