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目が覚めるといつの間にか室内は薄らと暗く、昼と夜との境目の時刻だと知る。

「っ…う…」

自分で起き上がれるほどには回復したのだろう。上体を起こすと汗で湿った服が纏わりついて気持ち悪い。視線を下に向ければ、折りたたまれた布がシーツに落ちていて、額に乗っていたものだと気づき自然と笑みが零れた。

「目、覚めましたカ?」
「っ、ブレイク」

急に声が聞こえてきてそちらに視線を向ければ、いつの間にか何時もの笑みで突っ立っているブレイク。驚かすな、と悪態を吐けば掠れて言葉にならず喉元を抑える。
ベッドに近づいてくるブレイクの右手には水瓶とグラス。器用なものだと感心しながら、自分に与えられるだろうと思い手を伸ばした瞬間引き戻されるグラス。

「欲しいですか?」
「……」
「やですねーそんな熱い視線」

睨んでいるんだ、と痛む喉さえ忘れて大声を出せば、喉の奥の違和感に咳が止まらなくなる。背を丸めて抑えようとしても勝手に出てくる咳に呼吸すら厳しくなって視界さえぼやけてくる。

「何やってるんですか…大声なんて出すからですよ」
「おま、ゴホッ、せいッ…ゲホッ」
「水、飲めますカ?」

差し出されたグラスを受け取るも、咳が止まらずその振動でシーツに零れてしまう。呆れたような表情を浮かべているのに気づかず、気づいた時にはいつの間にかグラスを奪い取られて、その僅かに残った水を口に含むブレイクに目を見開いた。
何を、と見上げた時には顎を固定され頭を支えられて、顔が近づいてきて思わず目を閉じる。

「んッ…!!」

ゴクリ、と喉が上下して強制的に移された水分。すぐに離され呆然と男の顔を見上げれば人の悪そうな笑みを浮かべていて。

「まだ欲しいですカ?」
「ッ…欲しくないっ!!」
「残念ですネェ」

ククク、と楽しげに笑うブレイク。顔に熱が集中して、自分の状況にうんざりしながらも、未だ笑い続ける男を睨みつけた。
こんなところ誰かに見られたらどうするんだ、とか、治まった熱が再び上がったらどうするんだ、とか。考えれば考えるほど、ブレイクの行為を腹立ただしく思いながらも、これがこの男なりの気遣いなんだと無理やり思い込ませ溜息を零した。

「…今、何時」
「6時ちょっと過ぎぐらいだよ。ギル、大丈夫?」
「っ、オズ!」

何時の間に居たのだろう。気配も何も無かったのに、と現れた主人の顔を呆然と眺める。
見られてしまったのだろうか。先程まで上っていた頭の血が一気に下がる。しかし見られたところで、何も変わらない。そこまで重要視するものでもないと、思うのだけれど何故か焦る心。
どうすれば良いのか解らず途方に暮れていると、近づいてきたオズが手を向けて来て、その意図さえ掴めないままぼんやりとその行動を見るだけの自分。

「熱は…下がったみたい?」

額に手が当てられて、その冷たさにビクリと身体が震える。すぐさま離れていった手にどこか寂しさを覚えながらも、案外普通の対応をするオズに言葉が出ない。

「汗もかいてますし、今は意識が飛んで青白い顔してますが一過性のモノですし大丈夫でしょう」
「ブレイクの所為で熱上がったんじゃないかと思ったよ」
「一瞬だけデスヨ」

背筋に悪寒が走る程のにこやかな会話をする二人。
楽しげに会話の応酬を繰り返すオズには先程の出来事など気にもとめないモノなのだろうか。ブレイクからにせよ男同士でのあの行為に疑問すら湧かないのかと、安心感よりも寂しさを覚えてしまう。

「どうしたの、ギル?」
「いや…何でもない」
「まだ調子悪いんだったら寝てなよ?」

気遣うように視線を合わせてくるオズに居た堪れなくなる。翡翠の瞳は心配だと滲ませていて、こんな事を考えている自分に情けなくなり視線を逸らす。主人に心配されるなんてますます従者として失格だと自覚して更に気持ちが沈んだ。

「…もう少し、休んだ方が良いみたいですネ。オズ君、私達は邪魔になるので先に食事でも取りましょう」
「そうだね…ギル、後で何か消化に良いもの持ってくるから、それまで寝てなよ」
「…わかった」

汗で湿気た服を着替えたいと思いつつも、また変に気遣われたくも無く素直にその言葉に従う。上体を倒したところでオズに肩までシーツをかけられ、優しく頭を撫でられてじんわりと心が安らぐ。
額に乗っていた布を手に取り部屋から出ていく主人の後姿を眺めながら、未だ部屋から出て行かないブレイクに気づき視線を向けた。

「行かないのか?」
「…君は気づいてるんですか?」
「何に…?」

ブレイクの言葉の意味を読み取れない。何に対しての言葉なのか。
微妙な顔をしていたのだろう、珍しく苦笑を浮かべつつもどこか楽しげに口元をゆるめるブレイク。何の意図かオズに触れられた部分を確認するかのような手つきで撫でられて、思わずその手を振り払った。

「酷いですネェ、同じ事をしただけなのに」
「……どうせまたからかってんだろう」

撫でられた部分を手で押さえながら自分を見下ろすブレイクに悪態を吐く。
確かに同じように触られただけなのに、オズとブレイクとでは受け取り方が全く違うなと感じるのは、それは今まで積み重なってきたものも違うからで。10年の間、無意味な嫌がらせをしてきたブレイクの自業自得だとも思う。

「まぁ、それもありますが」

払われた手をわざとらしく触りながら、何かを考えているかのように先程までの笑みを消すブレイク。無表情で見下ろされ、正直居心地が悪い。
この男が表情を消して何かを言おうとする時ほど嫌な瞬間は無い。何時だってこの男は自分でさえ知らない自分を知っての発言をするのだから。

「…ブレイク?」
「まぁ君も大概、鈍感ですから」

きっと全部を言っても全部を理解しないでしょう、と続けられる言葉に反発しかけた口を閉じる。
簡単に言うと、馬鹿、だと言いたいのだろうか。けれどこの男だって相手に理解させようとする気が無い気がする。だからこそ難解な発言に聞こえてしまうのは決して自分だけの所為ではないと、自分を見下ろす男を睨みあげた。

「…どうして君は寂しいと思ってしまったのか、と言うことですよ」
「は?」
「それが解れば、前に進めますヨ」

それだけを言葉にして、オズが出て行った先へと消えていくブレイク。その後ろ姿を眺めながら、難解な発言の中に隠れた温かさを感じてしまい自然とため息が零れる。
ブレイクの言葉の意味はやはり解らない。けれど、意図は何となく解る。結局は、何時までも影の部分に囚われ動けずにいる自分を案じての発言なんだろう。
只、それがどうして寂しく感じた自分に繋がるのかはいくら考えても解らなかった。














悩む事と考える事の違い




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