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■Dependence (オズギル)










それを考えなかったわけではない。


只、もう少しだけ何も考えず傍にいたかった。





あの頃は本当に単純に好きなだけだった。酷く純粋で、種類も重みも関係なく、ただ、主人を尊敬してその先にあるものはその感情だった。

ギルバートは全く頭に入らない文字の羅列を目で追う振りをしながら、何時しか手放せなくなったあの煙を思い返してため息を零した。遠巻きに眺めている幾つかの好奇の視線が突き刺さって徐々に溜まってきた苛々が更に加算される。
今回で9度目。バルマ公爵に言われたことをそこまで気にはしていないのだが、成功させれば己の意思が強くなるのかと、それだけで決めた今回の禁煙。面白がっていつ喫煙するのかと見物がてらお茶を楽しんでいるブレイクやシャロン達。彼等の笑い声が耳に入る度に苛立ちが増してしまう。
(……これでは、駄目だ)
ふ、と浅く息を吐きつつ固まった眉間を指で揉む。色々と考えなければいけないことは山積みなのに、こんな些細な事に囚われてしまって感情をコントロールできないでいる。
最近、危機感が足りないと、そう気づいた。いや気付かされたのだ。従者である自分が主人の変化に鈍感では情けないにも程があるし、従者として失格だ。オズが帰ってきて、自分もようやく元の位置に戻れて、気を抜いてしまったのだろうか。

「……ギルもこっちに来れば?」

ふと声がかけられて視線を移す。オズやアリスが同じくテーブルに着き食事を取り始めていた。

「いや…大丈夫だ」
「何で?朝食取ってないんでしょ?」
「…減ってないし、構わない」
「そう?」

訝しげな視線から避けるように本に視線を無理やり戻す。口寂しいなら口に何か詰めれば良いと思うけれど、食欲が無いから仕方がない。今はそんな事よりも、この頭の中のごたごたしたものを何とかしたかった。

「わ、アリス…口元」
「んむむーっ」
「誰もとらないからもっとゆっくり食べなよ」
「うむ」

ちらりと楽しげなテーブルに視線を戻す。甲斐甲斐しく口元を拭っているオズの姿を見て胸が締め付けられる。どうしてそうなるのか、それを考えるのも億劫だ。
明るくて、優しくて。10年前とは何も変わらないのに、どこかしら纏っている雰囲気が変わってしまったオズ。ブレイクの言ったとおり、良い方向へと変化していくオズに何ら問題は無いし寧ろ喜ばしいことだという事は解る。頭では理解できるが、どこか引っかかる部分があるのも確か。
(…何故?)
ずっと考えてる。けれど今だ答えは見つからないし、もしかしたら答えなんて解っているのに気付かない振りをしているだけかもしれない。
どうしてそういった現象が自分の中で起こっているのか、それが一番の疑問だった。







『おまえがオレの自慢の従者であることには何も変わりないから』

その言葉に救われ、気分も少しだけ浮上した。悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。
オズの本質の部分は何も変わっていない。10年前も今も、変わらず尊敬できる主人なのだから。
(本当に?)
皆の所へ戻っていく後姿を眺めながら僅かな疑問が頭に響く。
(怖いのかい?オズ君が変わっていってしまうことが。自分だけ取り残されることが)
ブレイクの言葉が嫌な響きを持って聞こえてきた気がした。ずっと気にしていたその言葉。あれから毎日のように脳内へと響くその台詞はまるで警告のようだ。

「……怖く、ない」

ぎゅ、と手を握りしめオズの背中を追う。小さな背中。大きいものを背負っているその背中は、光り輝いているように眩しかった。






「……風邪ですね。安静にして栄養とって睡眠とって下さい」

気づいたら心配そうな主人の顔と天井だった。
小さく音を立てて扉が閉まる。あれは誰だったのだろう、それを考えると頭がズキリと痛んだ。
何故、ここにいるのかと、身体を起き上がらせようとして自分の身体の状態を知る。

「目、覚めた?大丈夫?」
「な、にが?」

自分の声が掠れて聞こえる。同時に喉に痛みを感じて喉元を押さえた。水瓶を持ってシャロンが華やかに笑う。

「起き上がれますか?熱、酷いみたいですし、今日はゆっくり休んでください」
「ギルってば何時まで経っても起きてこないし…様子見に来ればベッドでうんうん赤い顔で唸ってて」
「医者が言うには疲労からだそうですヨ?ま、色々と心身に負担がかかっているのでしょう」

力が入らない自分の身体の背を支え上体を起こす助けをするブレイク。出て行ったのは医者かと知って、数々の言葉から状況を推測して溜息が零れた。

「わ、るい…」
「何言ってんの。ギルは悪くないよ…オレがしっかりしてなかったからその分、ギルに疲労が溜まってたんだよ」
「!?ちがっ…」
「ハイハイそこまでー。まずは水分とって身体を休めて直すことが先決ですカラ」

その後ならどうぞ好きなだけ、と付け足された言葉に口を塞ぐ。グラスに注がれた水を受け取りそれを無言で飲み干す。喉に伝わる水分が気持ち良い。案外乾いていたのだと気づいて、シャロンに小さく礼を言った。
(何で…急に風邪なんて)
三人が穏やかに会話をしているのを聞きつつベッドに潜り込む。雨に濡れたとか流行っているからとかそんなのが理由ではない。疲労だと告げられたが、最近はそこまで過酷な日々では無かったはずで。
(確かに今までより睡眠は浅いけど、それは元々だ…)
だとすれば、精神的なものから来る疲労なのだろう。あれぐらいの事、とは思えず、ぐ、と唇を噛み締める。頭がぐらぐらと回って気持ちが悪い。
そんなにも自分は恐れを抱いているのだろうか。影の部分で繋がっていると称した10年前の自分。それが断ち切られて、オズとの繋がりが無くなったとすれば自分は一体どうすればいいのかと。

「ギル?ちゃんと大人しくしてるんだよ?」
「…大丈夫だ」

額に冷たいものが乗せられて意識が浮上する。まるで子供扱いのそれに今回は少しだけ心が落ち着いた気がした。








光と影




あきゅろす。
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