悪い男に捕まって
家庭教師花宮×高校生黒子




掲示板に張られた、幾つもの数字が並ぶ白い紙に黒子テツヤは祈りの念をひたすらぶつける。そうして見つけた『1028』という数字。探し求めていた自身の受験番号だ。それを見つけた黒子は頬を赤く染めて携帯を取り出し家族に連絡を取る。
倍率は決して低くなかった。いやむしろ高いといっていい。なにせこのご時世に就職率が良く、名の知れた教授のいる都内にあってキャンパスも綺麗で広い大学だ。黒子としては当初本命より上の、チャレンジ校だった。しかし、とある家庭教師の力で予想外にも学力が到達したのだ。

「せんせっ、僕受かりましたよ、僕、僕、受かったんです先生!」
「おめでとう黒子君、よく頑張ったね。君が今まで一生懸命努力したきたからだよ。俺も家庭教師した甲斐があったよ。なんて言うかバァカ。」
「1028番!僕のが、僕のが貼り出されてるんですよ!」
「分かったから落ち着け。」

興奮醒めやらぬ状態で黒子は自らの家庭教師、一つ年上で学部は違えどもこの春から先輩になることが決定した花宮真へ電話をすれば、祝ってやるから来るよう指示された。学力面だけでなく、小論や面接の対策もするため度々泊まり込みをした花宮のマンションの一室に訪れると、本人より余程自信があったのか花宮は当然といった顔で黒子を迎え入れる。

「俺がみっちり教えてやったんだ。落ちましたなんて言った日にゃあお仕置きしてたぞ。」
「はい!ありがとうございます。まさか僕、受かるなんてっ……夢みたいでまだ信じられないです。」
「ふはっ、興奮しすぎだバァカ。少しは落ち着け。」

彼にしては珍しく空色の双眸に分かりやすい感情が乗っていて、花宮はついつい頬が緩むのを抑えられない。興奮状態の黒子は花宮の浮かべる笑みなんてこれっぽっちも気にならず、子供のように彼の手を掴んで溢れ出る思いをぶつけ続ける。
あまりに浮かれきっていたので、少し落ち着けと頭を滅茶苦茶に撫で回され、飲み物を持ってくるからと一人用のソファに放られた。平均より大きな花宮でもゆったりとしたサイズのソファは驚く程ふかふかで、地に足が着かない気にさせられる。そのせいか、今が現実だという実感があまり湧かない。
頭を冷やそうとまだ温い頬に手を押し当ててみると、少しずつだが冷静さが戻ってきた。それでもまだ夢心地の黒子の鼻腔を甘い匂いが掠める。匂いの元を振り返れば、白い湯気がくゆるマグカップを二つ持った花宮がいた。

「ほれ、お子様用。」
「……子供じゃないです。春から大学生ですもん。」
「ふはっ、ならお子様向けの甘ったるいココアだけじゃなくて大人の味も教えてやるよ。」
「え、遠慮します。」

ブラックコーヒーが入ったカップを渡されかけて慌てて首を振る。意地になってもいいことなんて一つもない。

「僕、先生のココア好きです。」
「チョコが美味いんだよチョコが。」

スプーンでカップの中に浮かぶマシュマロをつつくと、熱せられて膨らんでいたそれはとろりとろりと溶けていく。柔らかな甘みを持つ香りに、よく休憩だといってこれを渡された記憶が蘇る。記憶に良いとされるカカオと一緒に糖分を摂取して、脳を馬車馬の如く働かせるためだと何故か悪どい笑みで言う花宮まで思い出してしまう。けれど、もうそんな風に花宮と話す機会はないのだろうと思うと、胸が痛い程に締め付けられる。
甘いココアを口に入れると、冷えた体が段々と温まり、知らず入っていた力も徐々に抜け出す。あっという間にココアを飲み干し、空になったカップを手中で弄んでいたら花宮が意地の悪い目でにやにやしながらこちらを見てきた。

「おかわりあるけど?」
「ください。」
「即答か。」

家庭教師と生徒にしては近い距離だったと思う。けれど、それはたまたま彼の本質を己が知ったからだ。祝ってくれる、ということは、少しは情もあるのだろうが、きっとこれっきりになるだろう。
キッチンへ消えていく背をなんとなしに見ながら考えていると、焦燥感に駆られる。妙に早鐘を打つ胸が痛い。思考がふわふわと覚束ない。

「……?」

なんだろう、と首を傾げる。室内とはいえ冬なのに体が火照ってむずむずする。まだ昂揚した気持ちが鎮まってないのだろうか。熱い気のする頬に触れると、温まってしまったのか手との温度差は感じず、むしろ頬だけでなく手まで熱い気がした。それどころか、体全身が。

「どうした。」
「いえ、少々部屋が暑いなあと思いまして。」

いそいそと厚手のパーカーを脱ぎ脇に置いて、二杯目のココアを受け取る。今度のにはマシュマロはなかったが、味に煩い花宮の舌に合うチョコを使用しているだけあって美味しいことには変わりない。じっとこちらを見つめる花宮と視線が絡み数秒、ああそういえば、とあることを思い出した黒子はシャツの中にひんやりとした外気を取り込みながら、口を開く。

「あの、先生は今何か欲しいものとかありますか。」
「……薮から棒になんだよ。」
「いえ、先生のお陰であんな有名大学受かったんです。だから何かお礼をしたいなあって。勿論正式にお礼はさせていただきますが、それとは別に、僕からも……えと、その……」
「ふはっ、反吐が出る程イイ子だなあ。」
「茶化さないでください。」
「へーへー、そうだなあ……」

エアコンのリモコン取ってくるわ、そう言って寝室へと消える。なんだか今日は花宮に落ち着きがない。結果発表前の自分もこんな感じだったのだろうか。がさごそと部屋を漁る音を尻目にぐるり、視界を巡らす。学生の一人暮らしにしては、それどころか新卒の社会人よりずっといい部屋だ。株を転がしたとかなんとか言っていた気がするが、当時はそんなことに興味がなかったので覚えていない。

「……お礼、できますかねぇ。」

あえて意識から外しているが、ココアの入ったこのマグカップ一つでもそれなりにお高いブランドのものだ。もしかしたら黒子家が花宮に払っていた月謝一月分より高いかもしれない。そんな花宮の欲しいものを黒子が個人で用意してプレゼントする。なんだかとっても無謀に感じてきた。

「あんまり高価なものじゃなきゃいいんですが。」
「安心しろ、金は一銭もかかんねえもんだからな。」
「ちょっと!?気配消さないでください!」
「その言葉、普段のてめえにまんま返してやんよ。」

リモコンで額を叩かれる。痛いですとぶうたれると、持っていたマグカップを奪われた。中身が空であることを確認した花宮はローテーブルにそれをおき、足でテーブルごと向こう側へ追いやる。

「先生、そういうの行儀悪いです。」
「るっせバァカ。俺が俺ん家で何しても勝手だ。てか先生っていうの止めろ。もう先生じゃねえだろ。」
「……ゲス先輩と呼びましょうか。」
「名前で呼べってのバァカ。」
「花宮さん?」
「ふはっ、なんで疑問形なんだ。」
「花宮さん。」
「ん、いい子いい子。」

すぐに跳ね回る髪を掻き交ぜる花宮を上目で見れば、機嫌の良さそうに目を細くしエアコンのスイッチを入れる。電子音の後にのろのろとエアコンが起動して暖かい風を室内へと送り込む。
あれ、なんで、と頬を撫でる風に違和感を覚えた直後、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。早く逃げろと叫ぶその声に、一体なんなんだと困惑するしかない。

「俺の欲しいもん、何か知りてえか?」
「はい、あの、なんか近くないですか。」
「ふはっ、逃げられたらたまんねぇからなあ。」
「逃げるって、どう意味でっ…!?」

片手は膝裏を掴んで引っ張り、もう片方の手は肩を押す。正面に来た花宮が足の間に収まり、ソファの上で仰向けになった黒子の体に覆い被さる。瞬時に逃げを選択した思考は、触れた箇所から広がる熱のような電流のような感覚によってあっけなくも消え去った。

「俺が欲しいものは、お前だよ。」
「僕はものじゃないです。」
「るっせぇよ。」

食べられる、と思った時にはもう遅い。触れるだけの口付けで体が震え、指示されるがまま従順に唇を開けると脳が蕩けるまで貪られた。

「な、俺のものになれよ。」
「せんせ、」
「だぁから、名前で呼べっての。」
「ひっ!?」

軽く腰を叩かれただけなのに、そこからびりびりと電流が走った。なんで、どうして、と訳が分からずただ体を捩る。すると、服と肌とが摩擦した場所が疼き出す。

「はぁ、くっ…ぅ…」
「で、俺にくれんの?」
「待って、僕のっ…から、だ、なんか変、でっ…!」
「お前が俺のもんになるってんならどうにかしてやるよ。だから、な?」
「んっ……なる、なりますから、花宮さんに全部あげますから、助けっ…!」

低く甘ったるい声が鼓膜を撫でる。まともな判断力なんてとうの昔に飛んでしまった。黒子は必死に頷き助けを求めて手を延ばす。上手くいったと、花宮は内心歓喜してその体を引き寄せる。

「そんじゃ、ま、いただきます。」

ずっとずっと欲しかったものが、やっと手に入った。
そんな喜ばしき日の翌日の夕刻、花宮はベッドの隣で正座させられていた。

「結局、せんせは僕のこと好きなんですか。」
「名前で呼べって。それと、逆に聞くがお前は性的対象の外にいる性別の相手に対して、好意もないのに臨戦態勢に入る見境ないタイプの人間か?」
「…………質問を変えます。花宮真大先生様は、うっかり媚薬を適量の二倍の量飲まして殆ど無理矢理致してしまうくらい僕のこと手籠めにしたかったんですか。」
「重たすぎる愛でごめんな。なりふりかまってられなかったんだ。なんていうかバァカ!監禁しないだけありがたいと思いな!」
「少しは謝れこの麿眉がぁああああ!」

顔面を狙った蹴りは予想よりへなちょこで、いとも容易く避けられる。むしろ、腰の痛みに呻いてしまう。ベッドに沈む黒子に、にやにや悪人面を浮かべた花宮が擦り寄りひっつく。

「無理矢理して悪かったとは思ってんだぜ?手放してやる気は更々ねえけど。」

黒子だって、逃げだそうという気は更々ない。なぜなら、本当に厄介な男に捕まったのは黒子ではなく花宮だからだ。

「精々後悔しやがれってんです。」
「なんか言ったか?」
「別に。」



END


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