話 ガラスの恋A エルとアイバーはメールでやりとりを続けた。 その場だけで済まなかったのは、ひとえにアイバーの寛容さとエルの抱える寂しさが良い具合にマッチしていたからだ。 エルはアイバーが世界各地で仕事をすると知り、彼の仕事の内容を訊いたり類推しようとしたが、雲を掴むようだったので、いつからかアイバーを詐欺師と思うようになっていた。 大金を稼ぐのは本当なので意外と当たっているかもしれない。 『今度またあなたの住む国に行きますよ。』 エルとアイバーが再会したのは、秋の初めだった。 すっかり背が伸び、大人びたエルに、アイバーは満足そうだ。 その頃になるとエルもアイバーの視線の意味が分かるようになっていた。 危機感はさほど感じなかった。 アイバーは暴力が嫌いだ。何も恐れることはないと思えた。 「海が近いですね。」 「潮の匂いがするでしょう。この道を曲がるとすぐ、海ですよ。」 アイバーはレンタカーを借りた。普段暮らしている観光に魅力の薄い町に、アイバーがわざわざ来てくれたことをエルは喜んだ。 見た目は違うが、仲が良い兄弟のようだった。 「お、遊泳禁止ですよ。」 「女の子がサメに足を食べられたんです。以来、遊泳禁止になりました。」 「何故早くそれを言わないんですか……。」 アイバーはガックリと肩を落とす。 「だって、夢がある方が良いんでしょう?」 エルはそっと笑いかけた。アイバーは仕事柄、人の夢や希望には敏感だ。(とエルは勝手に考えている) 「ひどい人だ。まあいい。もう秋ですし、砂浜を散歩しましょう。この夢は叶いますか?」 「良いと思いますよ。」 二人は砂浜を歩いた。 エルはあれから、不自由ない暮らしをしていた。母の結婚した男性は足に障害があるが、精力的に仕事をこなす大変なお金持ちだった。 このあたりで知らぬ者はない。 母は結婚が金目当てと、地域住人達の間で面白おかしく話題にされていた。 アイバーが詐欺師なら、うってつけのカモだ。 「この前あなたに似たカエルを見た。毒があるそうですよ。」 しかしアイバーは決して家の話をすすんで訊いてこなかった。 遠い異国での話が多い。 もしかしたらこれが手口なのかもしれないが。 「カエルですか……。いつもひどいです。傷付きます。」 「あなたのことばかり考えているという意味です。」 「……。」 アイバーはさらりと言ってのけ、逃げることもなく、エルを真っ直ぐに見つめた。 エルも見つめ返したが、すぐ馬鹿らしくなり、靴を脱ぎ捨てて、波打ち際で足を遊ばせた。 見つめた所で何になるだろう。 何となく悔しくて、裸足は懸命に穴を掘った。海はそれを隠してくれるけど――…。 「何で掘っているんだ、エル?」 「これは海に遊びに来た人が間違いなくサメに食べられるように、罠をはってます。」 「年齢的に冗談に聞こえません……。」 アイバーの腕が肩を通り過ぎ、指が頭を支えた。 あ、と口は開いたが思うことはまとまらず、そのまま波に飲まれるような口づけを受けた。 熱く火照る足元を、遠慮がちにさざ波が冷やしてくれた。 「嫌ではないんですか?」 アイバーは猫のように懐こい瞳を細めて、反面検分するようにもエルを眺めた。 エルは初めてではない感触に感慨のようなものを感じていた。 “月くんに会いたい” “でももう会えない……” そんな囁きを心が、呟いているのを聞いた。 アイバーはエルを抱き寄せた。優しく包むような痛くない抱擁で、大人を感じさせた。 エルはゆっくりと瞼をおろす。 相変わらず足に向かってくる波に、励まされているような気がした。 Bに続く [*前へ][次へ#] |