話 光跡C 竜崎はキラに恋をしているのだと、気付いたのは初めての夜だった。 ただの大学生の僕を通して、殺人犯を裏側に見ていると、そう感じた。 しかし僕はキラではない。 竜崎の期待にはそえなかった。だから僕は他の誰かにキラを探さねばならない。 そして僕が勝たねばならなかった。 「母さんに顔を見せてやってくれないか?」 物思いに沈む僕に父が話しかけてくる。 珍しく竜崎が飲んでいるアイスティーの、氷がカランと音をたてた。 「父さん、まだ僕はこんな状態だ。」 手錠を軽く揺すると、竜崎は食べていたパフェのさくらんぼを落とした。恨めしそうに睨んでくる。 「監視したいなら竜崎も一緒に行けば良い。同じ大学生じゃないか。弥も……」 「そんなことより、捜査はどうするのさ?」 「最近は資料集めが主だろう。お前たちがいない間によく集めておくぞ。」 竜崎はソファとテーブルの間に小さく丸まって、さくらんぼを摘んだ。矯めつ眇めつした後、床をじっと見つめた。父が、捨てなさいと竜崎を叱る。 「竜崎、良いか?」 名残惜しそうにさくらんぼに別れを告げた竜崎は、目だけでこちらを向いて了解した。 「幸子さんもご心配でしょうし、私も必要な事だと思います……。よし、行きますか。」 僕と父は、それを受けて同時に同じ言葉を投げかけた。 「「手錠は取れよ!」」 家に僕がいない言い訳は確かミサと同棲しているからだった筈だ。そのミサを連れて行かず、竜崎と家に帰ったことに対し、母は“きちんと”理解したようだ。 二人目の息子が出来たみたい……と竜崎に次から次へとお菓子を運ぶ。 間違ってはいないが、キラを捕まえる為でもある。 決して竜崎といたいだけではないのだ。 「竜崎くんは甘いものが大好きね。今度マンハッタン・ジャムに一緒に行く?」 先日近所に出来たカフェだと、続けて母は説明した。しっとりしたスポンジで、ケーキがおいしいのだそうだ。 「良いですね。ご一緒したいです。」 「今度都合の良い日に行きましょう。そう、バームクーヘンもあるのよ。今切り分けてくるわ。」 遂に母の大好物まで貢ぎ物に捧げると言い出し、僕はようやく口を挟む。 「もうこの辺で良いよ。竜崎だって、そんなには食べられない。」 「バームクーヘンだけ。食べてもらいたいの……。」 どうやら母の友好のしるしらしかった。 母はいそいそと用意をしに台所へ。 「歓迎されて嬉しいです。」 竜崎は伏し目がちに囁いた。 「ごめん。いつもはこんなに攻勢を仕掛けてこないんだけど、母も緊張しているんだろう。」 僕も負けじと小さな声。 息子の友達に会うのに?、とこちらを向いた罪な瞳に、顎を掴んで口付けた。 そして額をくっつける。 ふと気になり、目だけキッチンの方を見ると、母の後ろ姿が遠ざかるのが見えた。 それに動揺はなく、 寂しさだけが色濃く浮かんでいた。 どこかの馬鹿なカップルのように、親の前だという意識がなかった自分に驚く。 竜崎といると、全てが新しい。 「月くん、これをあげます。」 いちごタルトの最後の土台を刺して、僕の口に運んでくる。 「嫌いなのか?」 「おいしい所じゃないですか。」 「もう食べられない?」 「いいえ、お詫びです。」 薄く開いた口で可哀想な月くんと言われ、生意気に笑う竜崎。 ふと、目線を送れば母がぷるぷる震えて立っていた。 「月、ごめん、お母さん……くやしい!寂しい!大好き!」 懐かしい歌を思い出すフレーズを言い放ち、キッチンの隅に逃げる。 嫉妬で訳が分からなくなっているようだ。 「竜崎くんは可愛いのよ……でもお母さん、くやしい!悲しい!大好き!」 複雑な心境を土下座のように両手をついて丸まりながら叫ぶ。 「……母さん、竜崎とは友達で。」 とりあえず嘘をついてみる。 「セックスをする友達です。」 横で竜崎が余計なことを言った途端、母は髪をかきむしった。 「お母さんは分かってる……竜崎くんがそう思っていても月は好きなのよね。月はそういう子よね。そんな月がかわいい、やさしい、大好き!」 悶絶する母を横目に、僕は竜崎の腰に手をやった。 「竜崎は、ソファでお菓子を食べていて。」 「分かりました。」 素直な竜崎の尻を軽く揉んで、ソファ方向に押し出した。 向き直り、母に対する。 「母さん、竜崎とは友達だ。」 「どの口で言うの……。」 「仲が良くてね、触り合うのは挨拶なんだ。母さんが考えているような汚らわしい関係ではないんだよ。」 「母さんはあなた達のこと汚いなんて思ったことない!」 真摯な瞳にたじろぐ。 「うん……。とにかく良い友達なんだ。心配しないで。」 結局母を宥めて、その日は家を後にした。 帰り道、僕は竜崎に尋ねた。 “可哀想ってどういう意味?” すると竜崎は答えず、質問で返した。 “友達って何ですか?” 僕達は無言になった。 愛してると言えば、馬鹿げてると笑われる気がした19時50分――――。 【Dにまだ続いちゃう!】 [*前へ][次へ#] |