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光跡A
ミサにどうしてキスをしたのか、自分でも分からない。
何でこうして拘束されているのかも。

『……月くん、食事をとってください。』

あいつの目とは違う、無機質な輝きのレンズがズームアップする為にカシャカシャと音を立てた。わきから聞こえる心配そうな声は、むしろ僕の気持ちを逆立てる。

「食べたくないんだ。」
『体に良くないです。明日食事をとって頂けないなら、栄養剤を注射します。』

嫌でしょう?と面白そうな声。

部屋は窓もない、よって太陽も拝むことも出来ず、僕の気持ちは鬱々としていた。
両手両足は縛られ、ただ座らされただけの日々に僕の体も脳も悲鳴をあげている。
どこかへ行きたかった。
ここから出て行きたい。

「月くん気分を変えて、では推理でもしましょう。」

僕がゴネだすと、竜崎は多分抱えていた事件のネタを話して、僕を楽しませようとする。
これもまた実験なのかもしれないが、僕は人恋しさからいつも騙されて、相手をしてしまう。

ずっと、声だけだ。

もよおした時は完全に顔も体も覆った男が、無言で僕を連れだした。その男とコミュニケーションをとれるようではなく、また興味もない。
閉じられた世界では、竜崎ただ一人しかいなかった。

「竜崎」
『何でしょう?』
「お前ちょっとこっちに来ないか?」

数秒、間があった。それが今食べているらしいデザートを飲み込むまでの時間なのか、考えているのかは竜崎の姿が見えないから判断が出来ない。

『いやですよ。死んじゃいます。』
「キラは目は持ってないだろ?」
『どんな奥の手が出るか分からないでしょう?』
「臆病だな……あの勇ましいLはどこへ行った?」

キラと疑う僕の前で名乗って見せた癖に。

『では月くんに会って、私が死んだら月くんがキラ、ということで良いですか?』
「何でも良いから来いよ……。」

返事もせずに音声は途絶えた。竜崎もいつまでもこうしていても仕方ないとは思っているらしく、少し無鉄砲な彼は僕を見極める為にきっと来るだろう。
僕はその後すぐ、黙々と時を数え始めた。
そうすることはあいつも承知だろうから、ある程度道を変えて時間をかけて来るに違いない。
それでも良かった。

あいつとの距離が知りたかった。


それから意外に早く、一時間半後に扉はノックされた。

僕は彼の叱責を受ける前に目を閉じた。
竜崎だって確実に僕が怖い筈だ。
僕も自分のことが、本当はおそろしいから。

「月くん、入ります。」

竜崎の声。
とても近い。

「こんなに痩せてしまって……私は月くんを殺すつもりではないんですよ。」

気配が接近し、僕の頬に触れた。僕は自分の顔には触れられないから気付くこともなかったが、頬骨がすこし浮き、こけているらしい。
容姿に自信など、今の僕には何もなかった。

「そのまま……。」
彼を近くに感じて、初めて発した僕の声はみっともない本音が漏れ出てしまう。

「そのまま……抱き付いて。」

竜崎は疑問に思ったようでもない。

「足が邪魔です。」

いわゆる体育座りといわれる、足を折り曲げた座り方をし、尚且つ足を縛られていることを思い出す。

「切ったら良い……。」
「あー、足をですか?」
「ああ。」

冗談で言った事を真顔で返され、竜崎は包丁に見立てた手のひらで僕の腿の付け根を切る真似をした。
僕はそれに、性的な興奮を覚える。

「では、肩を抱いてあげます。」

そんなことを知らない竜崎はわきに回り、僕の肩に右手を伸ばし抱き寄せた。頭を肩にのせてくれる。

「……月くんが変わっている訳ではありません。」

竜崎は僕が髪に触れるのが好きと覚えているようで、頭をぐりぐりと肩に押し付けた。

「誰でも人恋しくなる。たいてい囚人は、辛い思いもしているのです。もっとも月くんは囚人ではありませんが。」

ふっと笑う、気配。

「月くんが極めて寂しがりなのは、あの女性関係を見ていれば分かります。」

違うと否定をしたいと思ったのに、僕は彼が隣にいることに満足をして一声も発する気持ちが動かなかった。
ただ、薄目を開ける。

本当に竜崎だ……。

憎らしいのに可愛いとさえ思う。

殴りたいのに、言えないこともしたかった。

僕が拘束されるまで何を考えていたのか、分からないと思っていたけれど。

僕はこいつに捕まえられたかったのかもしれない。
閉じ込められ、どこにも行かないようにされ、抱き締められていたかったのかもしれない。
竜崎のものになりたかったのかもしれない。
そう考えていたら、胸が詰まって目頭が熱くなる。

「月くん?」

僕が身じろぎを始めたので、竜崎は頭をあげ、僕の目が開いて、必死の様相を呈しているのに気がついた。

「枷を外して欲しいんですか?」

凶暴な程に、竜崎を両腕の中に抱きたい衝動を抑えなかった。
力任せなんて馬鹿げていると、試みてもいなかった枷を本気で壊しにかかる。

「月くん、ダメです。私、帰りますよ?」

従順に数秒動きを止めた僕に安心したのか肩に手をかけた。
その軌道上を僕は全身の力を込めて、押し倒す。
腹筋に力を入れたらしく、そのまま倒れ込み頭を強く打つことはなかった。僕はというと、思ったより上の位置の竜崎の腹に着地してしまい、唇を寄せようにも額しか選択肢は無さそうだ。

「ひどいです……。」

僕の唇は乾いていて、触れられても感触がないのかもしれない。竜崎はありったけの文句を僕の下で言っている。
僕は何度も何度も、まるでそこから湧き水でも出ているように、竜崎の額に口付けた。

そのうちに竜崎は僕の背中に手を回してくれて。

拘束をされていない唇で、僕は初めて愛を囁いた。

時を数えることが出来ないでいて、暫くの間としか言えないが、
竜崎は僕の背中を抱き締め撫でた後に、退室した。
顔は見せてくれなかった。



《Bに続く》


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