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*短編小説*
【ふるいの上の音】

陽が遠くの山々に触れるスレスレの夕暮れ、学校の屋上でオレンジの光を反射するロックギターが輝いていた。
背後から追ってくる闇夜から逃げるように、弦を弾く音は遠く離れて消えていく。


「うっす!ナカジ!」

地面にかかった影は、元居た影より大きかった。


「その声…タローか」

タローは屋上の際に座るナカジに歩み寄った。

「またギターの練習かー?次のライブはまだ先だろー?」

ナカジの指先の磨り減ったピックを見て、その練習量にタローは少々呆れ気味だった。

「お前ぐらいの実力なら、そんなに頑張らなくとも大丈夫だって!」

ぽんぽんと肩を叩かれながら、ナカジは ずれた眼鏡を直した。


「…音楽になりきれなかった音は、どうなると思う?」


「…は?」


あまりにも唐突な質問に、タローにはさっぱり意味が分からなかった。


「聴く人にとって完璧な響きでなければ、その音は邪魔なノイズになりかねない」

「まぁ…そうだな」

「必要性の無い音は次々と消される。そして譜面上には自然と、意義のある音だけが残されていく…」


ナカジは眼鏡を外し、息を吐いてレンズを拭いた。

「音だけなら幾らでも存在する。いや、幾らでも簡単に生み出せるんだ。
有象無象に溢れた世界で、実に価値があるものを見分けられるヤツは、ほんの僅かしかいない」

「…それで、そんなにも練習熱心なのか?ナカジ」


タローの問い掛けに、ナカジは何の返事も無く眼鏡を陽にかざす。

「おい、ちゃんと聞いてっかー?」

「…眼鏡が曇ってるな」

「いや、眼鏡はいいけどよ、さっきの問いは…」

「眼鏡は飾り以上にかける人の『代わり眼』だ。それをこんなに霞んだ視界に変える世界じゃ、素人でも分かる程の相当な質が無きゃあな」


その言葉を聞いた時、タローは初めて、それが先刻の答えだと気がついた。
暖色と寒色が混ざった空に、マフラーが風に揉まれながら力強くはためいていた。


「せっかくだから、音楽室にでも寄ってっか?」

「…あぁ、そうだな」


手にしていた眼鏡をかけ、ナカジはタローと共にその場を後にした。
屋上に映っていた2つの影は、隠れかけていた陽のオレンジによって拭い去られていった。



the end.





*後書き*
再び昔の小説の書き直しもの。
結局ナカジさんは「相当(ギターが)上手くなければ、こんな厳しい世界では通用しない」と言いたかったんです。

タロちゃん「てっか」連呼…(笑)。

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あきゅろす。
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