*短編小説*
【水面に飾る四つ葉】
それは、穏やかな陽気が心地よい ある日の出来事。
一人前の天使になる為に今日も困っている人を探していると、見知らぬ林の方から、今までに無い悲しい気持ちが漂ってきました。
何だか放っておけなくて、その林へと飛んでいった直後。
雲が空を覆い、深い霧が立ち込め、雪が降り始めてすぐに吹雪になりました。
「きゃあぁぁ!!」
寒さで羽が凍ってしまった為、突風が吹いた瞬間に私は真っ逆様に落ちてしまいました。
ダポーン…
水面が激しく体を打ち、鞄に入れていた四つ葉のクローバーが次々と浮かんでいきました。
私は強い衝撃で身動きも取れないまま、ただ泡のように浮かんでいく緑を見つめるだけ…
もう駄目だ、と覚悟を決めた その時です。
何かが私の腕を掴み、一気に水上まで上げてくれました。そして気がついた時には、私は湖のほとりにいたのです。
「あの人じゃない…」
突然の声に驚いて横を向くと、隣には片目が髪で隠れた女の子が立っていました。
「あなたはだ〜れ?」
女の子は真直ぐな瞳で私を見て言いました。
「私の名前は、ポエット」
「ぽえ…っと…」
呟くような声で、彼女は彼女なりに私の名前を記憶しているようでした。
「名前、あるんだ…」
切なそうな口調。
けれども私には、彼女は何の感情も抱いていないように見えました。
心が空っぽのまま、思う事が空を切ってしまっているような…そんな気がしたのです。
「貴方が私を助けてくれたのよね。ありがとう。貴方の名前は?」
私の中で何かが引っ掛かって、今度は私から質問をしてみました。
「わたしはおんなのこ。それ以上の名前はないの」
「どうして?」
「わたしたちみたいな下級の人には名前なんていらないって…奪われた…って、あの人が言ってた」
下級の人には名前すら与えられない。それどころか、既に付けられた大切な名前すら奪い取ってしまう…。
そんな国が未だにあるなんて、聞いた事もありません。
だからこの時既に…私は少しだけ、感付いていました。
「下級って、なんだろう?奪われたってことは、わたしにも名前があったのかな?」
寂れた景色とちらつく雪の中、浮かんだ瞳は悠久の彼方を見ているようでした。
「…ねぇ、貴方が言う『あの人』って、誰?家族?友達?」
このままでは私が悲しい気持ちに負けてしまいそうなので、女の子に気になった事をひとつ、聞いてみました。
「はじめから一緒に暮らしていた。色々なことを教えてくれた。ある日いつもの場所から逃げ出して、ここに来て…一緒に湖に飛び込んだ」
淡々と話す女の子だったけれど、やはり予想通り。
彼女は亡くなっていた子でした…。
「冬の湖は寒かったけれど、なんとか出てこれたんだよ。あぁ、はやくあの人も出てこないかなぁ」
独り言のような呟き。それを聞いて初めて、全ての謎が解けました。
あんなに穏やかな陽気だったのに、急に吹雪になるはずが無い…
どうもここは、この女の子の念のせいで冬のまま、時が止まっているようなのです。
だとすると、どうにかして『あの人』に会わせてあげないと、ここから出る事は出来ないでしょう。
…でも、外見も知らないその方を捜し出す事なんて出来るのでしょうか。
…いいえ、
答えはすぐ側にありました。
大きな帽子を被った黒猫が、林の間からこちらを見ていたのです。
私は瞬時に気がつきました。
「捜していた人、見つかったよ」
私が黒猫を指差すと、女の子はぽろぽろと涙を流し始めました。
「…目深、さん…」
手袋をはめた手を伸ばしながら、その小さい足でふらふらと黒猫に近付いていった女の子は、
ゆっくりと、猫を抱き上げて。
…霧のように消えてしまいました。
その瞬間、私は急に強い眠気に襲われました。あまりにも強烈な眠気だった為、私はその場で倒れるように眠り込んでしまいました。
…
次に目を覚ました時には。
あの女の子も、雪が降る林も消えていました。
ただ、その手のひらには温かい手袋が、私に寄り添うように ひとつ。
私は鞄にひとつだけ残っていた四つ葉のクローバーを手袋の上にそっと置いて、また困っている人を探しに飛び立ちました。
穏やかな陽気の中。
ふと見下ろすと、二匹の黒猫が去り際を見守っていました。
the end.
*後書き*
昔に書いた小説を所々書き直したものの一つです。
ポエットが誰かに幸せを届ける話を書こうと思ったら、
『困っている人=おんなのこ』
という方程式がいつの間にやら出来上がっていました(笑)。
目深帽子さん…最後まで猫姿でゴメンナサイ;
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