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【三】突破口は無謀の果てに



すっかり日も落ちて、静かな夜に突入しつつある頃。私は一人、頭をかかえていた。


あの後、家から一番近い書店に走って、NARUTOを買いに行った。

(いつの間にかNARUTOが完結してたのにめちゃくちゃショックを受けたってのは置いといて)さすがに完結作を全巻は置いてなかったから、本屋さんをいくつかはしごして、なんとか65巻までを入手。

んで、今ちょうど手元にある分だけ読み終わったんだけど……




「……ちょっと待って。いやいや、落ち着け。一旦落ち着きましょう私……」


心臓がばくばくする。絶賛大混乱中である。深呼吸をしよう。すーはーすーはー。

んで、最後にすーーーっと息を吸い込んで。




「……だ、騙しやがったなあの仮面野郎〜〜〜ッ!


漫画本を握りしめて本気で悔しがってる人間なんて、探してもそうそういないだろう。私が、今まさにそれなんだけど。

とはいえ仕方がない。なんせ私ったら、名前ちゃんは何でもお見通しです☆と言わんばかりのドヤ顔かましておきながら、完全に仮面の男=うちはマダラと思いこんでたわけなんだから。


は……


恥ずかしい……………





「うわーーーーっ私絶対めちゃくちゃドヤってたのにじゃあ何ですか!あの仮面クソ野郎は私が完全に騙されてるの見てグルグル仮面の下でほくそ笑んでたってわけですか悔しいーーーーーーー!!!

階下から、「名前うるさい!」とお母さんに怒られた。ごめんお母さん、あなたの娘の情緒はぐちゃぐちゃです。あの仮面野郎のせいで。


いやいや、とにかく落ち着こう。

ひっひっふーひっひっふーと深呼吸(なんか違うかも知れない)を繰り返して、呼吸と思考を整える。

そして、ごろんと仰向けに寝転がった。



「…………ていうか、正体も正体だし」

床に寝そべったまま、「なんだよあいつ」……ぽつりと呟く。あんな正体知っちゃったら、もう誰に怒ればいいのか分からなくなるじゃんか。


「……みんなズルいですよ」

イタチ兄さんもリーダーも、あのムカつくぐるぐる仮面野郎も、結局はみんな馬鹿みたいに優しくて、馬鹿みたいに他人のことばっか考えて。

平和な世界をとか、みんなが幸福な世界をとか、一人であれこれ考えて突っ走って。


「……ほんと、馬鹿じゃないデスかね、あの人たち。世界なんて重たいもの、たった一人の肩に背負えるかってーの」


…………。


込み上げてくる感情が何なのか分からない。怒り?悲しみ?

……違う。怒りや悲しみなんかより、もっとままならなくて、もっと根源にある気持ち。胸が苦しい。目の奥が熱くなる。



「……あー、駄目だ駄目だ」

感傷に支配されそうになって、私はぷるぷる頭を振った。違う。こんなことしてる場合じゃなくて。

「考えるべきことは他にある。そうですよね…」


山積みの単行本を前にして、腕を組む。

……現状、私に何が出来る?まずは、それを考えなくちゃ。



また向こうの世界に戻ることが出来たとして……これまでは、ただ展開を知ってるってだけで取れるアドバンテージがそこそこあった。

暁に置いてもらってたのだって、未来に起こることが分かるって利点があったからだし。トビ君が裏で手を引いてるってのも、それを知ってたから信用してもらえたんだし。(まあ、ホントの正体は結局間違ってたんだけど)

それで、上手いこと物語に食い込むことが出来て、ヤバい事態を回避してこられたわけだ。


ただ、みんなを……イタチ兄さんを助けたいなら、最終的に「回避」だけじゃどうにもならない。先の先まで考えて、こっちから行動を起こしていかなきゃ。

それは分かってるんだけども。困ったのはシンプルなただ一点。


……思いのほか事情が込み入っている。
そりゃもう、テキトーに鞄に突っ込んだ充電器並みのもつれ方だ。



というか、ちょっと甘く考え過ぎてたかもしれない。


暁を助けるって、ただ漠然と、死亡フラグに繋がるような行動・展開をひたすら避け続けていれば大丈夫!くらいに思ってた。

いや、実際そうなんだよな。そうなんだけど……



「どこもかしこも、見渡す限り死亡フラグの地雷原なんデスよねー……!」

しかも暁の全員が全員、その地雷原を全力で突き進みやがる。特に仮面のあいつ。手に負えない。



なんだか、にわかに自信がなくなってきた。マジで暁全員死ぬし、死亡ルート回避の手がかりすら見付けられない。

それに、たとえまたあの世界に行けたとして……私はホントに、みんなを助けられるんだろうか。


テキトーに手に取った単行本を開く。白黒で描かれた戦争は、こうして見る分にはただの「絵」でしかない。だけど私はここに、生身の人間として、飛び込んでいかなきゃならない。

こんな血みどろの戦いと、怨嗟と絶望の渦巻く中で、私みたいな甘ったれが、運命に立ち向かっていけるんだろうか。



「…………」

奮起の言葉すら失った私の視界の隅で、何かが動いた。


――人魂ちゃん。

まるで強風にあおられているかのように激しく瞬きながら、人魂ちゃんは部屋の隅っこでゆらゆらと揺れている。
私に、何かをアピールしているようだ。

伝わってくる感情は、焦燥。



「……どうしたんです?」

話しかけると、人魂ちゃんは窓の下へと移動した。

窓の外は、すっかり夜になってしまっている。今夜は妙に明るい夜だ。真円の白い光が、窓辺に冷たい光を落としている。

(満月か……)


ぼんやりと月を眺めていると、人魂ちゃんが私の指先に触れた。その瞬間、人魂ちゃんの言葉が頭に響く。


『月が、近い……今夜が、最後……チャンス』



「えっ!そんな!」


弾けるように立ち上がった。

「それって、あの世界に戻るチャンスがってことデスか?」

そんなこと言われても、まだ心の準備も物理的準備も、何も出来てない。


『満月……、空……昇り切る、まで……』

頭に響く人魂ちゃんの声は、もう途切れ途切れに掠れている。精一杯の力を振り絞って、私に声を伝えてくれている。そんな感じだ。

「ま、待って待って。月が昇り切るまでって、それってあと何時間!?えーっと……」


40秒で支度しなって言われたら、私だったら何を持ってくかなー……なんて考えたこと、日本人なら誰しも一度はあると思うんだけど、今がまさにその状況だ。

40秒ほどシビアじゃないけど、多分もうあと数時間しか残されていない。


「うー……仕方ない!迷ってる暇はないですね!」

ぐだぐだ考える前に、ノートとペンを手に持った。


この世界から、どうやってまたNARUTO世界にトリップするか。記憶を取り戻してから、その方法はずっと考えてきた。そして実は、ひとつ思いついていた。

――転送忍術。


大蛇丸さんの所で教わった術式は、所々あやしいけど、一応まだ覚えている。あれを使って、あっちの世界に「自分」を転送すればいい。

こっちの世界でも忍術は発動するのか?とか、それやっちゃうと大蛇丸さんのアジトに飛び込むことにならない?とか、転送忍術って失敗すると五体バラバラになるってカブト君言ってなかったっけ?とか……


不安点は多々あれど、考えてる暇なんて1秒もない。



「芸は身を助くとは言いますけど、この場所、術は身を助く、ですかね」

転送忍術の術式を、ノートに書いてはページを破り、床に並べていく。時間がない。急がなくちゃ。タイムリミットは、満月が天頂に登り切るまで。


視界の隅で、人魂ちゃんが青く燃えている。応援してくれてるのかもしれない。

「待っててくださいね。私、絶対……」


ペン先は、異世界へ繋がる術式を滑らかにえがいていく。

「絶対、誰のことも諦めませんから」


窓から漏れ出た月の光が、ひんやりと私の手元を照らす。

月は空の頂きへ向かってゆっくりと、けれど着実に昇りつつあった。




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