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【南】霞かかりて暁はおぼろ




結局、買ったジャンプを一度も開かないまま、退院の日を迎えてしまった。



検査の結果、脳に異常は見られなかったらしい。日常生活に支障はないし、或いは今後ふとした拍子に記憶が戻るかも知れません、とか何とか説明された。

私は別に、それで良かった。失われた記憶より、むしろこれからの生活の方を気にしないとやばい。学校どうすんの、とか。





「ただいまー!あー懐かしい!我が家だー!」

玄関のドアを開けて、大きく深呼吸をする。不思議なことに、行方不明期間の記憶が無くっても、我が家が懐かしいという感覚は強くあった。

家の匂いって、どうしてこう心地いいんだろう。


「おかえり、名前」

家に私がいるということに感極まったのか、お母さんはまた涙声になってる。
きっと私がいない間も、たくさん泣いたんだろうな。そう思うと、やっぱりなんだか申し訳なかった。




お母さんの手料理、テレビのバラエティ番組、お風呂、それから自分の寝巻き。久々の我が家は、何もかもが懐かしい。

極め付けは、自分の部屋だった。
何年も戻らなかったというのに、私の部屋は何も欠けず何も増えず、ほとんど手付かずのまま掃除だけがきちんとされていた。


ぐるりと部屋を見回して、ある1点で視線が止まる。
本棚に並ぶのは、申し訳程度の教科書類。そしてその下段には、ずらりとコミックスが並んでいる。

そりゃそうだ。私は自他共に認める、大のNARUTO好きだった。行方不明になる前までに出てた巻――つまり50巻までは、ちゃんと揃っている。



……でも、どこか違和感がある。


(私、NARUTOのストーリーあんまり覚えてない……かも)

第一部のストーリーはよく覚えてるのに、第二部のストーリーがほとんど思い出せない。あんなに好きだったのに、何年も読まないと忘れちゃうもんなんだろうか。


じゃあ、読み返そう。

そう考えるのが普通だと思うんだけど、私の手は中々コミックスに伸びなかった。


(なんか……怖い)



怖いって、自分でも意味わかんないんだけど、でもとにかくひどく勇気が要った。ただ漫画を読むだけなのに。

迷いに迷って、ようやく1巻を手に取る。ぱらぱらめくって、「懐かしいなあ」と呟く。

ナルト君、サクラちゃん。カカシ先生にサスケ君。




どんどん読み進めていく。再不斬編、中忍試験編。それが終わったら……

「あ、」


特徴的な雲模様のマントを見つけた瞬間、私の思考は痺れたように固まった。頭の隅で、小さな火花がちりちりと音を立てる。



――暁。



「うわ、うわうわうわ。そうだ、暁だ!うわー推しなのに何で忘れてたんだろ!ありえねー!」

興奮気味にページをめくる。うちはイタチ。干柿鬼鮫。暁の2人が木ノ葉を訪れるこの巻は、好きすぎて擦り切れるほど読んだ。事実、他の巻よりちょっとくたびれている。


暁の襲来、伝説の三忍揃い踏み。そしてサスケ君の里抜け。これで第一部は終わりだ。大好きな暁が本格的に登場するのは、第二部から。

……なんだけど。



「……暁って悪役だし、結局はみんな死んじゃうんですよねえ」

本格的に登場と言っても、ほとんど死ぬために登場するようなもんだ。悲しいことに。



「…………また今度にしよ」

コミックスを本棚に戻して、私はベッドに横になった。我が家に帰って来たという安心と興奮が、思いのほか私を疲れさせていたんだろう。
意識は、すぐさま睡魔に捕らわれる。



――忘れたままで良い。


夢うつつの意識の中で、祈るような誰かの声を聞いた。


――思い出してはいけない。



ひどい眠気が、それに応えることすら許してくれない。声は何度か繰り返されて、まるでさざなみのように、私の周りで揺らいでは消えていった。




(あんなふうに、優しくて哀しげな声を)
(たしか……確かに、知っていた気がするのだけど)

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あきゅろす。
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