籠の黒猫、謀り事
「えーと、ここの術式がチャクラコントロールに関わってるなら……こっちの術式は…あれ、ここの術式と対応してるから……えーと…?」
名前ちゃんは、現在書物庫で巻物と睨めっこ中だ。隣で数億倍難しそうな本を読んでいる大蛇丸さんが、時々手元を覗いてきては色々とアドバイスしてくれるのは嬉しい。嬉しいが、やっぱりこの人の側は何となく居心地が悪い。
「それはチャクラをコントロールをしつつ、適当な値で安定化させるための術式ね。ほら、こっちの印と繋がっているでしょう」
「ああ、なるほど。そしたらこっちの印がチャクラの供給源で、この術式群はチャクラを逃さないための網目の役割をするんでしょうか?」
「そうよ、飲み込みが早いわね」
ぐりぐりと頭を撫でられるが、あんまり嬉しくない。
巻物に記された複雑な術式。ようやく多少は読み進めたが、まだ取っ掛かりのわずかな部分を理解したにすぎない。肝心の転送忍術に関する理論には、理解どころか辿り着いてさえいない。先は長そうだ。
(この人は一体どれだけの時間、忍術に没頭してきたんだろう……半端な勉強量じゃないよなあ)
大蛇丸さんの白い横顔を時々盗み見ながら、そんな事を考える。
ここに来てしばらく経つが、未だにこの人が何を考えているのか分からない。知識欲が尋常ではなく、基本的にそれに突き動かされているというのは分かる。あとは野望とか、そういうもの……
一個の人間、それも平々凡々なただの一般人になど構いそうもないこの人が、何故私をこんな所に閉じ込めているんだろう?
「……分かんないなあ」
「今度はどこが分からないのかしら?」
「いえ、そうではな…………いやまあ、良いか。あ、この辺から転送忍術の本筋に入ってくるんですかね」
「そうね。これ覚えると便利よ」
大蛇丸さんの細い指が、巻物の上を滑る。術式、印、チャクラの複雑な流れ、それらを簡単に説明するその様子は、いつもの大蛇丸さんとは少し違って見える。
(なんだかんだ、面倒見は良いんですよねえ)
人はついてきてるわけだし、カリスマ性は抜群なんだろう。首が伸びたりとか口から色々出したりとか、どう足掻いても気持ちは悪いけど。
「というより名前、あなた結構忍術に通じているのね」
「暁にいた時、暇なときは本読んだり忍術の練習したりしてましたしね。こう見えても、自力で火遁をマスターして……」
暁に「いた」時。
無意識に過去形にしてしまっていたことに気付き、ふと言葉が止まる。
「火遁ね、そういえば前に見たことあるわね。てっきりイタチ辺りに教わったものと思っていたけれど」
「いえ……まあ、参考にはしましたけど……」
「私も稽古をつけてあげましょうか。蛇とか出せるようになるわよ」
「ビックリ人間ショーに出るつもりはないので結構です」
口から火を噴く時点で充分ビックリ人間なんだけれども。
大蛇丸さんは特に気を悪くした様子もなく、くすくすと笑っている。
「…………あ、でも医療忍術は、前にカブトくんに出された宿題も終わったことだし、一度見ていただきたいです」
「良いわよ。楽しみね」
絆されている。
はっきりと、そう感じた。
ここから逃れたい、暁のみんなの元へ帰りたい。そう思う気持ちが、薄れてきている。ここでも良いや。そんな風に思い始めている。
それが自分の怠惰な性質ゆえなのか、大蛇丸さんが持つ独特の雰囲気ゆえなのかは定かではない。
けれど、それはとても良くない徴候だった。
暁でも「逃げるな」という制約はあった。しかしそれは「逃げれば殺す」というだけの話であって、そこにはあくまで自由があった。
しかし、ここは違う。この人は違う。
物語が進めば、大蛇丸さんはサスケくんに倒され、私は自然と自由の身になるだろう。しかし……悠長に構えている時間はない。
余り長い間ここにいれば、私は本当に「どこへも逃げられなく」なる。身体ではなく、心の自由が奪われてしまう。
(……努力をしなきゃ。逃げる努力を…)
そうやって無駄な足掻きをして、失敗するたびに絶望するキミを見るのは、良い娯楽になりそうだしね。
カブトくんの言葉が脳裏にチラつく。
本当にそうなりそうな気がして怖いが、だからと言って何もしないというのもまた負けだ。第一、失敗が怖くて忍やってられっかってんだ。(正確には忍ではないけど)
「……うん、頑張りましょう!」
「ええ、頑張ってね」
意図を汲み取れていない大蛇丸さんの励ましも貰い、俄然やる気が出て来た。
こんな狭苦しい空間に閉じ込められて、せめて出来ることと言えば、いつか逃げ出すチャンスに恵まれたその時に後悔しないよう、知識と技術を蓄えておくことくらいだ。
見てろ。私を閉じ込めようなんて、百億光年早いんだからな!
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前も言いましたが、光年は時間ではなく距離です。
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