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謀叛気の紅いネイル



マニキュアが、ついに全部剥がれてしまった。

それは今までの私だったら、さして気にもとめない出来事だった。でも今の私にとっては、寂しいやら悔しいやら色々で。


駄目元で、大蛇丸さんに頼んでみたことがあった。欲しいものがあれば言えというから、黒のマニキュアが欲しいと。

予想はしていたけど、大蛇丸さんは物凄く嫌そうな表情をしたのち、私の主張を丸々無視した。自分から話振っといて、無視。



「それ、ようやく剥がしたんだね」

まっさらな私の爪を見て、カブトくんが言う。

「中途半端に剥がれてみっともなかったから、良かったんじゃないか」

「うるせーダメガネーーもやしーーー」

もう私の低レベルな悪口に付き合うのはやめにしたのか、カブトくんは「ははは殺すよ」と爽やかに笑んで書類の整理を続ける。くそう、惨めだ。


「自分でも、馬鹿馬鹿しいってことくらい分かってます」

それでも、黒く塗られた両の爪が、暁との最後の繋がりのような気がしていたんだ。私が暁に居た、確かに存在した証。

馬鹿馬鹿しい。なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。


でもきっと、大蛇丸さんも同じことを考えているんだ。きっと、

「きっと大蛇丸さんも、私が爪を黒く塗ったら、私をまた暁に取られたように感じるんでしょうね」

「へえ」

カブトくんが、仕事の手をとめてこちらに視線を向ける。

「中々分かってきたじゃないか、キミも」

「そりゃこんだけ軟禁されてたら、嫌でも分かりますって。そもそも大蛇丸さんがどうしてそこまで私にこだわるのか、肝心のその部分は分かりませんけどね」

「それだけ分かってるなら、今後大蛇丸様の前でその話題は出さないことだね。機嫌が悪くなるから」


ああ、確かに。
大蛇丸さんの機嫌を損ねると面倒臭いだろうな。ああ見えて人間出来てないとこあるし。


「しかし、そんなものにこだわるなんて。キミも案外可愛いところがあるんだね」

「あらやだカブトくんったらデレ期?」

「調子に乗ると二度と褒めないよ」

「えっ嫌味じゃなくてホントに褒めてたの」

「………………そこの書類取って」


あっはぐらかした。やだカブトくんの方がよっぽど可愛いじゃないか。



「なんかアレですね、カブトくんって、最初はあんなに私のこと嫌ってたくせに、なんか最近…………あ、猫だ。猫っぽい。最初は威嚇してるけど慣れたらごろごろ言い出す野良猫あ痛ァ!!


後頭部を叩かれた。ツッコミのキレも最高だ。


「ねーカブトくん、私ってなんだかんだ言って、結構ここに馴染んでますよね」

「……そうだね」

「……前に大蛇丸さんに言われたんです。あなたは暁を頼ってはいても依存はしていない、暁がなくなっても上手くやっていける、って」

「…………」

「どこでも生きていけるってことは、それはつまり、どこにも、絶対的には必要とされてないってことなんですかね」

「…………何故それをボクに聞くんだい?」

「んー」

深くは考えてなかったんだけど。

ああ、でもカブトくんには思い当たることなのかもしれない。
幼いころからスパイとして色んな「居場所」を転々としてきた彼にとって、ここは特別居心地の良い場所なんだろうか。
それは、ここでなら、彼は絶対的に必要とされているから?代えがきかない存在として居られるから?



「はー、なんか頭痛くなってきました。すみません、変なこと聞いて。忘れて下さい」

難しく考えるなんて、慣れないことをしたせいだ。
部屋に戻ろう。ここの空気ーー薬草と古びた紙の匂いは、疲れた頭に宜しくないみたいだし。

「んじゃ、ちょっと早いですけど寝ますね。おやすみなさーい」

「…………おやすみ」


あっ、今のカブトくんの「おやすみ」は貴重だ。いっつも無視されるんだもん。


「…………黒以外の色なら、大丈夫かなあ」

大蛇丸さんのイメージカラーなら紫だけど、それはちょっと媚びてるみたいで嫌だし、無難にピンクとか。ちょっと明るく黄色とか。何もしないよりは、当て付けになって良いだろう。

明日、機嫌を損なう覚悟で大蛇丸さんに頼んでみよう。


「ああ、なんてめんどくさい人なんだろう」

「誰が?」

「ヒエッ!?」

突然割り込んできた声に、私はまさに漫画みたいにぴょんと飛び跳ねた。あーびっくりした。

「何ですか水月くん…」

「あはは、すっごい跳んだ」

鉄格子の隙間からひらひらと手を振り、無邪気な笑顔は相変わらずだ。

「てか水月くん、もっと奥の牢屋じゃありませんでした?何故ここに」

「多分、そろそろ移動するからじゃないかな。ホラ大蛇丸って、ちょくちょくアジト移してるじゃん」

「ああ、なるほど」

それより、そんなスカスカな鉄格子なら液状化すれば逃げられるんじゃない。と言いかけて、しかし目に入ったものをすぐに理解して口をつぐんだ。
ちゃんと結界が張ってある。そりゃそうか。

「んで?なんか溜め息ついてたけど?」

「ついてました?溜め息……まあ色々ありまして」

「ふうん。めんどくさい人って、大蛇丸のこと?」

「…………チクんないで下さいよ?」

さーどうだろ。と笑う笑顔が憎たらしい。相変わらず性格悪いなあ。



「……あのう、突然ですが私って何色が似合うと思いますか?」

「は?んー……赤?」

赤かあ。まあスタンダードで良いけど、私のイメージとしてどうなんだろう。赤いネイルって、こう妖艶というか、挑発的な雰囲気が私っぽくはないと思うけど。やってみたら案外しっくりくるのかも。


「分かりました、ありがとうございます」

「え?なんなの?」

「いえ、どうせ当て付けなら、ほかの人が勧めた色にするのがより効果的かと思いまして。あ、勿論大蛇丸さんには内緒ですからご安心を」

「わけわかんない」

「わかんなくて結構。ではご協力ありがとうございました。おやすみなさい」

「もう行っちゃうの。つまんないなあ…おやすみ」


今日二度目のおやすみだ。もしかして今日って、わりと良い日なのかも。


少しだけ軽くなった。
るんたるんたとスキップ気味に廊下を進み、やがて自室に辿り着く。ここに来た当初は、どこも似たような景観の廊下に迷いに迷い、中々自室を見つけられなかったものだ。
それが今ではすっかり慣れて、鼻歌を歌いながらでも帰れるようになってしまった。

今はまだ慣れない重苦しさや窮屈さにも、きっと、いやこのままだといつか必ず、慣れてしまうんだろう。
暁のアジトよりもずっと多いユーレイにも、たまに廊下の奥から響いてくる悲鳴にも、血の臭いにも、外に出られないことにも、いつか、慣れてしまう。

そうなったとき、例えば突然自由にされたとしても、私はここを離れられない。大蛇丸さんは、それを知っているんだ。



……負けるものか。

「意地の張り合いなら、負ける気がしませんね」


このまま私がずっとここに居たとして、物語が順調に進めば数年すれば外に出られる。でもそのときじゃ遅過ぎる。もっと早く、ここから出たい。


「……ま、焦りは禁物。そのためには、しっかり準備しなくちゃですね」


ドアノブに手を掛け、捻る前に、蝋燭の灯りに照らされた廊下を振り返る。
タイミング良く、またどこかで誰かの悲鳴が聞こえた気がしたけれど、聞こえなかったふりをした。


(数日後、私の爪は紅く色付いていて)
(それは密やかな、叛逆の狼煙なのです)

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