出逢いは良くも悪くも人を変える
……暇だ。
いや、やるべき事はある。主にカブトくんから出された、医療忍術の宿題とか。
でも俗に言う、テスト期間中に限って部屋の模様替えがしたくなる法則に見事にとらわれた私は、とにかく宿題以外のやるべき事を探していた。
…………それが、何も無いってわけなんだけど。
「参りましたね。これじゃ宿題せざるを得なくなります」
「しなよ」
「げっカブトくん!居たんですか!」
今日は大蛇丸さんがお留守だから、いつもの薬剤部屋にカブトくんとふたりきりだ。
大蛇丸さんがいないからといって特に何が変わるわけでもなく、カブトくんは相変わらずつれない様子で黙々と薬を調合している。あー暇。
「ねーカブトくーん。例の大蛇丸さんのお気に入りくんには、いつ会えるんデスかー」
「大蛇丸様が戻られてからじゃないか?友達にはなれないと思うけど」
「んなこたーどーでも良いんですよ!私は早く会いたいの!こんな陰気臭いとこに閉じ込められて、話し相手といえば面白くも何ともないメガネヤローだけ痛っ!」
こいつ、叩きやがった。
「最近カブトくん、よく手が出ますね。私が大蛇丸さんのお気に入りだってこと、忘れてるでしょう」
「覚えてるよ。でも今は、大蛇丸様いないし」
うっわ性格悪い。私が言えた事じゃないけどさあ。
「ちゃんと宿題しときなよ。ボクは必要最低限の努力もしない愚か者に付き合えるほど、暇じゃないし寛容でもない」
「へいへい、分かりましたよー」
「言ってる側から、どこに行こうとしてるんだい」
チッ、バレたか。
私はドアノブに伸ばしていた手を今更引っ込めもせずに、小さく舌打ちをする。
「散歩ですよ散歩!気分転換!」
「……まあ、別に良いけど」
「はーい、じゃ行ってきまーす。カブトくんも、大蛇丸さん居ないからってサボっちゃ駄目デスよー」
よく言うよ。という呟きを背中で受けて、私は薬剤部屋をあとにする。あんな薬臭いとこに閉じこもってたら、身体に薬の匂いが染み付いてしまいそうだ。
しかし、気分転換などと言いながらこれが失敗だった。未だに暁のアジトに居た頃と同じ感覚でウロついてしまう。
「うえ、」
松明が仄明く照らす廊下で、私は小さく呟いた。この瞬間、この感覚には、まだ慣れない。
「あのー……何か言いたい事があるなら、ちゃんと出て来てはっきり言ってくれませんか」
ぼやりと漂う、人魂。
いつもついて来てくれていた青い人魂ちゃんは、ここに来て以来あんまり姿を見せてくれなくなった。居るには居るんだけど。
理由は何となく分かる。
ここには、雑多な者が居過ぎる。
「あなたたちに構ってる暇は無いんです!しっしっ!」
漂ってきた、誰とも分からない人魂を追い返す。人魂ならまだ慣れてるから良いけど、何かこう白い手とか目玉とか、ホントやめてほしい。何の嫌がらせだ。
「はぁ。暁のアジト以上にホラーですよここ」
廊下の更に向こう側に目をやれば、また嫌なものを見てしまった。白い、明らかに生きた人間のものではない、腕。それがゆっくりと、おいでおいでをしている。
「…………はーん?この名前ちゃんに何か用です?」
よせばいいのに、連日の不完全燃焼感とか閉塞感とか退屈とかが重なって、何となくアグレッシブになってた私は、その手招きに応じる。
近付いていけばその分白い手は遠ざかり、明らかに何処かに誘導されている。
これ以上はいけないと思いつつも、勢いと好奇心に負けて、今まで足を踏み入れた事のないような陰気な廊下の奥へ、奥へ。
ぴしゃ。
足元から響いた小さな音に、私は我にかえった。どれだけの距離と時間、あの手を追いかけていたんだろう。白い手は何時の間にか闇に消えて、私はひとり、取り残されていた。
「……血、いや……水」
さっきの音は、水浸しの床を踏みしめた音だったらしい。ここはどこだろう。
見回しても、見知った部屋があるわけもなく。あの手は、どうやら私を迷わせたかったらしい。たまにいるんだよな。そういう捻ねたやつ。まあ悲惨な死に方してるだろうから、不貞腐れたくなる気も分かるけどさ。
「さて……どうやって戻りましょうかね」
迂闊に動いたら余計に迷いそうだし、誰かに道を聞くのが一番良いんだけど。
でもこのアジトのこんな場所で会うような人って、多分恐らく十中八九まともな人じゃない。そもそも、誰も見当たらないんだけど。
「おーーい、カブトくんやーーい」
一番頼れそうな人を呼ぶけど、いる筈ない。カブトくんはいつも、大蛇丸さんの実験室とか資料室付近にいる。ここは空っぽの牢屋とか、なんだか、ちょっと……
「……ねえ、きみ」
「ひっ!?」
何だ今の。空耳、にしては明瞭な。
「きみだよそこの!間抜けヅラ!」
「あーん誰が間抜けヅラですって?誰だか知りませんが随分なモノ言いデスね表出ろコラ」
「そのさ、表に出られないから困ってんだよね」
「ん?」
表に出られない、って事は閉じ込められているということか。でも見渡す限り、牢屋は空っぽ。奥の方に居る?でも、聞こえてくる声は近い。
「ここだよ、ここ」
「ここってどこです?」
「その、壁の取っ手を引っ張ってみて」
「これですか?」
壁についていた古錆びた取っ手を、思い切り、引いた。
すると。
「うわっ!?」
壁だと思っていた場所が左右に分かれ、大量の水が廊下に流れ出した。
これは。これはまさか。
「はあ、ようやく外に出られた。ありがとう、感謝するよ間抜けヅラ」
上半身だけ実体化した少年が、床に頬杖をついたまま、妖しい笑みを私に向けていた。
(あ、ちょっと待って!全部実体化したらアナタ全裸でしょう!)
(あれ、よく知ってるね)
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