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もう泣かずに済む方法
ナナリーヤンデレ化
(苦手な方はご注意下さい)









時間の経過は、人間に与えられた癒しであり、救いなのかもしれない

どんなに苦しいことや辛いことがあっても、今日と違う明日が必ずやってくる

そうやって繰り返し明日を迎えてゆくうちに、人は変わってゆくのかもしれない

癒されないと思っていた痛みも、いつか薄れてゆくのかもしれない、とナナリーは思っていた――

木の虚(うろ)のように空っぽで、夢と現(うつつ)を彷徨う心をその細腕で支えてくれた兄のおかげで

世界は不安定な、危ういバランスに揺さぶられながらもなんとか均衡を保っていた




「スザクさん」

世間様向けの爽やかな笑顔を、顔面にべったり貼りつけ、その名前を呼んだ

「ナナリー」

視線を感じ、つい気を抜いてしまったスザクは顔を上げる

傍観者であることに飽きた観客は自ら舞台に立とうとする

目は見えないナナリーだったが、スザクの何かを隠す気まずそうな声音から推察して、二人の間に一悶着起きたのはかろうじてわかった

だがナナリーの感情は、ピンと張った針金のように揺るがない

やむを得ない事情で今は隠し事をしていても、スザクとルルーシュの二人ならいつかきっと真実を話してくれる

まやかしの糸を幾ら張り巡らそうと、真実が光の輪郭を照らすだろう

車椅子を動かしながら、一歩ずつスザクに近づく

まるで、暗い晩に、底無し沼に潜ってゆくような気分だった

冷たく澱(よど)んだ空気が皮膚にまとわりつく

「お兄様……は?」

「ナナリー、その……ルルーシュは」

押し寄せる雨雲のように不安が渦巻く

「ゼロなのでしょう?」

声を詰まらせるスザクに、ナナリーは確信をもって問い返す

「知っていたのかい?」

「私はお兄様がゼロだということを知っていました。前から薄々、感づいていましたから」

ナナリーは沈痛な表情で呟く




彼女の兄、ルルーシュは美しく優しい人

彼の灯(あか)りはナナリーの心を暖める

現に彼はナナリーを心から慈(いつく)しみ、澄み切った水のような愛情を、たっぷり注いでくれた

「スザクさん。お兄様はどちらにいらっしゃるのですか?」

俯いて黙り込むスザク

尋ねられた名前が重石(おもし)となって彼の心にのしかかる

「…スザクさん?」

「ルルーシュ……は……」

陰(かげ)りを帯びた表情と言葉に、ナナリーは別の不安を感じていた

「そんな…まさか……!」

ナナリーの背筋を、嫌な感触が這い上がる

両側の車輪の速度をあげる

静かな淵(ふち)の水がやがて激流となって流れ去るように

愛しい兄の名を彼女は呼ぶ

切(せつ)に切に

額から冷たい汗が吹き出てきて、それが目に入って視界が霞(かす)む

ルルーシュは待っている

地平から天頂へと移動しつつある太陽のように優しい光を宿し、黄昏の静けさのように自分を迎えてくれる

そう、信じて――……

しかし、待っていたのは非情な結末だった




声を呑んで凝視する

「お、にい、さ、ま…」

黒のマントを羽織ったルルーシュは血まみれで倒れていた

顔が蝋燭(ろうそく)のように白くなり、息絶えている

明日へ続くと信じて疑わなかった今日の呼吸は、突然、なんの前触れもなく完全に停止していた

唇がわななき、声すらでない

皮肉にも、燃え盛る、理解を超えた地獄の目撃者になってしまった




「僕が、この手で、殺した」

その声はあまりに悲愴で、聞く者の心すら切り裂く

ナナリーの膝はくずおれて、両手で顔を覆った

「スザクさんが……お兄様を……殺したんですね?」

聞き苦しく途切れた声で尋ねる

「他に……止める、方法が、なかったんだ」

乾き切った唇から、苦痛と後悔にまみれた言葉が漏れる

スザクは空気がうまく吸い込めず、小刻みに呼吸を繰り返す

「ゼロは世界を殺そうとした、世界を壊そうとした。だから、殺した……」

涙を頬につたわせたまま顔を上げたナナリーは、まるで朝露に濡れた花のよう

スザクはその視線に耐えられなくて、顔をそむけた

破壊は衝動であり理性の妄執でもあり、もっとも原始に近い愛

「それに、ルルーシュはユフィの仇だから」

吐き捨てるように答えたスザクは、ナナリーの顔を覗き込んだ




「そうですか…」

意識が朦朧としていく

彼がお兄様を殺さなければ、私は一人にならずにすんだかもしれない

そう思ったが、私の手を包んだ温かさが、喉まで出かかった恨み言を押し止(とど)めた

スザクの決断を誹(そし)りはしない

しかし、ナナリーの中の良識は、絶望と悲しみによって食い破られた

悲しみは人の目をも曇らせる

色素の薄い紫色の虹彩(こうさい)の中の暗い瞳孔は、夜よりなお昏(くら)く輝き、見る者を不安にさせる

悲劇の萌芽がまたひとつ、この世に産み落とされる――




「では……私もいつか、スザクさんを殺しますね」

スザクの敵意に感応したのか、焼灼(しょうしゃく)された列気が声にこもった

恐怖が鋭い氷の矢のように、スザクの頭のてっぺんから足の爪先(つまさき)まで貫いた

ナナリーの言葉にスザクは身震いする

強い語気は威嚇の意志を激しくあらわしている

「ナナッ…!」

思いもよらぬ事態に、恐怖がスザクの心臓を締めつけ、指先と唇がぴりぴりと痺れていく感覚が彼を襲った

人間は騒ぐようにできている

付け足すと暴力的に戦闘的に

人間は獣から進化してきたから、戦って、血を見ずには生き延びられない生き物

ナナリーも獣から進化した生き物だから、暴れたい衝動、戦いへの本能をもっている

指先の痺れが強くなってゆき、スザクの不安は凄(すご)い勢いで膨(ふく)らんでゆく




仕返しする

私に希望を与えるふりをして、それを奪った真似をした

スザクはルルーシュを裁く権利を持っている

自らの意志で、ルルーシュに銃口を向けて、引き金を引いたなら

それなら少なくとも、ナナリーにもスザクを裁く権利はある

「だってスザクさんはお兄様の仇ですから」

孤独という責め苦を科(か)し、徹底的に傷つける

酬(むく)いを倍に返し、彼に与える

「スザクさんは死にたいんでしょう?」

ならば蛇の狡猾(こうかつ)さと狼の激しさで追いつめ、死に追いやる

「なら、私がスザクさんを死なせてあげます」

生存権を主張せず、自ら放棄した廃棄物

悪夢の幻影に怯えるだけの哀(あわ)れな男に弾(たま)を撃ち込んだところで、誰の権利も侵害しないでしょう?




そして――世界は滅亡へ向かい、またひとつ駒を進める



もう泣かずに済む方法



(あのころにかえりたい、でももう帰れない)







お題拝借、闇に溶けた黒猫・液体窒素と赤い花様


あきゅろす。
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