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守りたかっただけ、なのに




いたひとを、「すき」と言えない人は一体どんな気持ちなのだろう

ほんとうにほんとうに、こころの底から好きだと想えりひとを、「すき」だと言えない人は、一体どれほどの苦しみを飲み込んで生きているのだろう




「ラクス」

「キラ!」

プラント最高評議会の議長となったラクスと、ラクスの補佐としてザフトの白服を纏うキラ

久方ぶりに会えた二人は、相手に抱き着く

愛の抱擁を交わす、フリをする

ラクスは世界を手に入れた

スーパーコーディネーターのキラと言う、最愛の恋人と、ザフト軍と言う最高の手駒を

ラクスの意のままに動く世界

「これで満足か?」

「どうかしました?カガリさん」

桃色の髪の下、静かな笑みを刻んでいたのは青色の瞳だ

「自分の意のままに操れる世界と地位を手に入れられて満足か、って聞いているんだ」

狂気の兆候(ちょうこう)を読みとろうとするかのように、瞬(まばた)きもせず睨み据える

そんなカガリの顔をラクスは冷笑を浮かべたまま見つめていたが、わざとらしく小首を傾げて見せた

「言っている意味が分かりませんわ」

余裕たっぷりに笑ってみせると、ラクスは知らん顔をして、生気の宿っていないキラや周りのザフト軍人を手なずける

「キラ、ちょっと来い!」

カガリはキラの左腕を両手で強く引っ張る

「ラクス、すぐ戻るから」

キラの左腕を引っ張り、延々と続く廊下を、黙々と早歩きで歩くカガリは、途中でぴたりと止まる

「どうかしたの? カガリ」

いつものカガリとは違う雰囲気に微かに戸惑う

「……ってるのか」

「え…何? よく聞こえないよ」

「その軍服を纏う意味が…本当にわかっているのかって聞いてるんだよッ!!」

カガリは涙目で、その身に纏う軍服と同じ色の壁に、キラを押しつけ訴える

「わかって……いるよ」

「嘘だな!」

以前からおかしいとは思っていた

オーブの邸宅にいる時も

アークエンジェルでフリーダムのOSを書き換えている時も

物思いに耽(ふけ)り、何処か遠くを見つめているだけ

まるで深い悲しみに捕われて、滅多に笑えなくなってしまったかのように

「なら! なんで笑わないんだ!!」

「わ、らう…?」

緩(ゆる)みかけた涙腺を歯を食いしばって閉じているカガリを、キラは悲しげな瞳で見つめた

「そうだ、お前はある時から笑わなくなった。なんでなんだ?」

カガリは心配だった

日に日に生気が無くなり弱り果て、世界を憂い、自分自身を壊していく双子の片割れが心配だった

「笑うって……なに?」

「……キラ、お前」

「ぼくはもう…笑い方を…忘れてしまった」

「キラァッ!!」

キラの精神はずっと悲鳴を上げていた

誰かの助けを求めていた

キラの心は既に壊れかけていたのだ




いざなくしてみてわかる、この胸の痛み

不揃いな鼓動

指先からくる痺れ

背中を這い上がる汗

焦点のあわない瞳

ふらつきぶつかるばかりの涙

君の体温の大切さを

「必要、だったのに」

「何がだ?」

「ぼくを…導いて、くれる……女神が」

キラを導く女神

ふと、2年前の記憶が蘇る

蒼灰色の瞳を持った紅い髪の少女を

「フレイか…? フレイなんだな!」

カガリは確信を持ってそう言った

だが、キラの血色の無い唇から漏れた名前は

「ラクス……好きだ」

「違う!」

「ラクス…好きだよ」

「思い出せ! キラ!!」

カガリはキラの首根っこを両手で揺さぶる

「君が好きなんだ、ラクス」

「お前が好きなのはフレイだっ!」

カガリは、力無く壁に背を預けるキラの表情の異変に気づく

「ラクス、ラクス」

キラはただ譫言(うわごと)を言うように、繰り返しその名を呼ぶ




削り取られた意識が叫ぶ

もう終わりたいのだと無意識に叫ぶ

空白は蒼い虚無だけを残して次々に思い出を屠っては、高らかに笑いながら血の涙を流す

ああ、あれはぼくだ

戦場に憑かれた、ぼくの末路だ

「キラ…ラクスが好きか?」

キラの表情に陰りは見えない

「うん……好きだよ」

力無く頷(うなず)くキラを見ていると、痛々しくて仕方なかった

「なら、どうして…………泣いてるんだ?」

一筋の涙がキラの頬を伝(つた)う

「‥‥なぜぼくは泣いているんだろう」

カガリが少し汗ばんだ手で、ぼくの罪の結晶…血に染まった両手をそっと握る

「キラ………お前は……疲れてるんだ。…少し、休めよ」

涙混じりの上擦った声で、カガリはそう諭(さと)す

「ぼくは正しいことをしているはずなのに」

平和で優しい世界にする為に、戦い続けてきたはずなのに

「‥‥涙は悲しい時に流すもののはずなのに」

なぜ――――‥




救いなど、無い

慈悲も救いも存在しない

無いんだ、最初から。

祈ったって叫んだって、神様は何もしてくれないじゃないか



守りたかっただけ、なのに



(その血まみれの掌で、貴方は誰を救うというの?)









お題拝借、揺らぎ・闇に溶けた黒猫様

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あきゅろす。
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