[携帯モード] [URL送信]
恋わずらひ


一体、どうしたんだ俺は?

キラを見るとドキドキするんだ




ヘリオポリスで運命ともいえる再会を果たし、アスランの奨(すす)めでザフトへと来たキラ

元々キラはコーディネーターなのだから、連合に所属しているほうがおかしい

「キラ」

「ん? 何? アスラン」

ニコルと同室のキラだが、今後についての説明を受ける為に、アスランの部屋に遊びに来ていた

彼はキラが自分の誘いを受けてくれ、心底安堵していた

彼はもう、自分達と同じ志(こころざし)を持つ仲間なのだから

殺し合うことも、敵対することもない

歓喜に打ち震える口許(くちもと)にじわりと広がる晴れやかな笑み

きょとん、と軽く首を傾げキラがこちらを見つめてくる

「あ、あの…キラは……」

「うん」

「俺のこと、好きか?」

沈黙が落ちた

頭の中が白濁(はくだく)して何も考えられない

恋愛事にはかなりの奥手でウブいアスラン

愛の言葉を綴(つづ)ろうにも、何を言ったらいいか分からず仕舞い

しまいには恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう

「好きだよ」

ザフトのトップエリートの証、赤服に袖を通したキラはにこやかに微笑む

「もうひとつ、聞いていいか」

「うん。いいよ」

アスランはキラを優しくベッドに押し倒す

「アスラン…?」

屈託のない笑顔で、しかも上目づかいで見つめられると、彼の心の中は罪悪感が募(つの)る

「あ、あのだな」

「うん」

「キラがいう好きっていうのは…」

「うん」

「その………」

「うん」

「あー…えーとだな…」

「…うん」

アスランは自分の言いたいことがはっきりと言えずに口を濁す

「こういう時、なんて言えばいいのか……」

「じれったいなーアスランは」

何度も問われる質問に、いい加減相槌(あいづち)をうつのが疲れてしまったキラ

「し、仕方ないだろ!」

「結局アスランは何が言いたいの?」

揺さぶりをかけるキラの瞳が寂しげに翳(かげ)ったように思えた

「それは…だな」

さらにキラは追い討ちをかけるように言う

「僕を押し倒す勇気があるんなら、ちゃんとアスランの口から言えるよね?」

その言葉を聞いて、アスランはキラのことをまじまじと見つめた

キラはそんなアスランの反応を楽しむように薄く笑う

自然の成り行きとかではなく、自分の意思で押し倒したのだ

キラに嫌がられようとも、拒絶されようとも悔いはない

アスランは覚悟を決めた

「よ、よし! じゃあ言うぞ」

「うんっ!」

アスランの勇気を振り絞った発言に乾杯

「お前が言った好きの意味は、友情か、それとも愛情かってことだよ」

ヘタレの彼は、キラの反応を窺(うかが)う

「か…」

「か?」

よくキラの声が聞こえず、もう一度耳を傾ける

「片思いだと……思ってた……」

驚きのあまり、彼は鼻から大量の鼻血を噴射した

「前が見えないよ。アスラン」

「すっすまない!」

アスランは激しく狼狽する

ただでさえ心の準備ができていないというのに、これは反則だ

予想しなかった意外な展開に双方とも距離を置き、アスランはただただ茫然自失する

こうして俺達は、所謂(いわゆる)恋人同士というものになってしまったわけだ

……が




「何もしてねぇだ?! 付き合い始めて半年(推定)も経つのにか?」

同僚のディアッカは、深海に潜(もぐ)る鮟鱇(あんこう)のように顔を歪ませ、目を剥(む)いた

「お前にはあまり言いたくなかったんだが、イザークはこういうことに疎(うと)そうだしな」

そう呟くアスランだが、歯切れの悪い返事だった

「いやいや、正直でいんじゃねえ? でもお前…」

なんだか嫌な予感がする

しかし、もはや後戻りなどできない

アスランは固唾(かたず)を呑んでディアッカの反応を窺(うかが)う

「イ○ポなんだなァ…?」

どこか勝ち誇った笑みで言うディアッカに、アスランは面食らったような表情を浮かべ、目をぱちくりさせた

「違ーうッ!!」

獣のような雄叫びを上げる

ついでに俺はイ○ポじゃないと付け加えた

「そーか。じゃあ、こんなモン見ちまったら」

ディアッカはキラの風呂上がりの写真をアスランに近づけた

「ヌオーーー!!」

耳からシュウゥと煙が立ち上り、彼の脳は完全にオーバーヒートしている

肌が軽く汗ばみ、無防備な姿がかえって艶(なまめ)かしい

っていうか、そんな写真いつ撮ったと軽くツッコむ

「ハハハ、欲しいか? エ? 一枚五千円で売ってやるぜ?」

普段は冷静な判断力を持つアスランだが、真実を嗅(か)ぎ分ける嗅覚(きゅうかく)が麻痺している彼にとって、キラの写真(しかも裸体)は極上の餌

ディアッカから見れば、釣り糸にぶら下がった餌を求め、自ら他人の仕掛けた罠に引っかかろうとする哀れなの獲物にしかみえない

「ほ…ほ…欲しい……」

ディアッカは興奮したアスランの様をじっくり観察した後、静かに口を開いた

「しかしなんだ。お前はこの半年ずっと手淫でコトを」

艶めいた方向へと進んでいたアスランの思考は急制動をかけて転回

どこかへと飛び去っていた思考力が一羽二羽と舞い戻ってきた

アスランはこれまでに得た情報を吟味(ぎんみ)し、やがて一つの結論を導き出す

「言うな」

つい先程まで胸の内で燃え上がっていた炎が鎮火(ちんか)したのを強く自覚している

「…隙がありそうで全くないんだよ。キラは……」

ほろ苦さを混ぜながらアスランの長い語りに、釈然としない思いを抱えながら付き合わされている

「というか…アイツがあまりにも純粋で…。どーしたらいーんだか……」

淀(よど)みなく流れる言葉はやけに具体的で、なんだか信憑性がある

「汚してしまうとすぐに壊れてしまいそうなガラス細工みたいに脆くてピュアなキラが」

アスランがそう声を零した瞬間、ディアッカはバッと顔を背(そむ)けた

その肩は小刻みに震えている

「ピュア…! ガラス細工……!!」

どうやら笑いを噛み殺しているらしい

「笑うな! 本当のことじゃないか!!」

ディアッカは笑いを堪(こら)えるのに必死だ

「でも……」

ひどく難しい顔をしたアスランは、大きな苦悩を抱えているように見える

「こんなコトしなくたって心さえあればいいのかもしれないな」

アスランは再び思考の迷宮に足を踏み入れる

「…とある芸能人だって結婚するまで手すら握ってなかったんだし」

飲みかけの栄養ドリンクを片手に、嘆息するように言葉を吐き出した

(そーだったっけ?)

しかしディアッカは微かな違和感を覚える

(さっきからコイツの例えは何かおかしい)

話が変な方向に誘導されていないか、ディアッカは一抹(いちまつ)の不安は感じたものの、アスランが口を開くのを待った

「でも…やっぱカラダは意に反してアイツを求めてしまうんだ」

その言葉一つでディアッカの胸に燻(くすぶ)るざわめきは大きくなる

「だから…せめてAぐらいは済ましたいなーなんて思ってしまうんだ」

羞恥(しゅうち)と喜色(きしょく)が半々といった声音でそう呟いた

(A……)

呆気にとられたディアッカだが、やがて苦笑を浮かべるように口の端を僅(わず)かに上げ、一つ大きく吐息を洩(も)らす

「……わかった! せめてエ…いや、キスだな…?」

瞬間、ディアッカの中に電撃のような閃(ひらめ)きが疾(はし)る

思わず握り拳(こぶし)を手のひらに打ちつけた

それならいいとこがある

キラはよく、格納庫にいるだろう

そこを後ろから不意を突いて…!!




「いよいよだな」

「ああ」

アスランの好意がキラに明確に伝わっているか、確かめる勇気を捻出(ねんしゅつ)するには、核爆発なみのエネルギーを要する

ここから先はアスランの脳内妄想

「ア…っアスラン…!?」

後ろから一気に抱き寄せ、キラは怯(おび)えたように顔をそむける

「あっ…何す……っ」

アスランは構わず唇を追いかけ、動きの止まったところで、しかと接吻(くちづけ)する

「こんなの初めて…」

焦らず、しばらくキラの柔らかい唇の感触を確かめる

アスランの甘さと自己陶酔がですぎていて、見せられる方が恥ずかしい

「お〜ッ! なんだか俺もドキドキしてきた」

奇妙なことにディアッカの気分も華やぎ、高揚している

「よし! アスラン・ザラ、いきまーす!!」

アスランは逸(はや)る気持ちを抑え切れず、虚空に向かって勢いよく吠えた

「よっしゃァ! 出撃だァ!!」

「うるさいよー! 君ら」

(バレたーーー!!!)

行動を実行に移す前に目標であるキラに、自らの存在をしらしめてしまうという致命的な失敗を犯してしまった

「でも珍しいよね。アスランとディアッカが仲良くしてるなんて。なんか嬉しいな」

「キラ……」

濁りのないキラの纏う空気は、直立不動の二人の張り詰めた気持ちを楽にさせた

「…って。何でお前までほんわかモードなんだッ!!」

「だってコレ、キラ受設定だろッ」

アスランは軽くディアッカの肩をはたいた

「…よしっ! 意志は固まった! 俺は正直に言うぞ…」

「へ? 何をだよ」

ディアッカは目許を緩める

「セックスはまだいいからせめてペッティングをしようと!!」

すぐさま僅かな狼狽を滲ませて、ディアッカの口から再び声が洩れる

「お前、どんどんヨゴレキャラになってきてるぞ…」

その瞳には、少しばかりの憐(あわ)れみと憂いが含まれていた

「……キラ」

身体中が瞬時に強張(こわば)る

汗が全身から噴(ふ)き出すのを自覚するのと同時に、口の中の水分が一気に蒸発したような渇きを覚えた

「――あのな、キラ…」

思考さえも停止しそうな状況だったが、アスランは何とか踏み止まる

落ち着け、落ち着け

冷静になれ

「なに」

現状を見極める必要があった

「改めて聞くが…」

どうしても聞きたかった

「俺のこと……好きか…?」

どうしても訊(たず)ねたかった

しばらく、ジーッとアスランを見据えていたキラが、口を開いた

「――…うん」

太陽のような笑顔で返事を告げる

「大好きだよ」

今まで抱いてきた切なく、息苦しい焦燥や思念が、缶の中で圧縮された炭酸ガスのように弾け飛ぼうとしていた




「親友として!!」

期待して身を乗り出すアスランに向かい、キラは至極あっさりと、カウンターパンチとなるその一言を紡(つむ)いだ

「シシ…シ…親ユウ…?」

思わず、そう声が洩(も)れた

「うん! どうして?」

アスランは切れ切れの言葉で、必死にキラへと問いかける

「じゃあ…俺の半年前の告白、覚えてるか?」

「うん、覚えてるよ」

キラは笑みを口許に残したまま、しれっとした口調で言う

「でもソレを何で今更問い質すの?」

記憶の糸を手繰(たぐ)るように虚空に視線を馳せたキラは、何か思い出したのか、ハッとした表情を浮かべた

「あれ、ホモごっこでしょーっ?」

凍りつくような空気が辺りを満たした

アスランに至っては、本当に固まってしまったように身じろぎ一つしない

「ニコルがよく冗談でやるって言ってたから、僕もいっぺんやりたいなーって思ってた時にアスランがやってきたから……」

現実を直視出来ず、無言のまま項垂(うなだ)れている

「ノっただけだけど?」

身体(からだ)中の血を抜かれたような脱力感がアスランを襲った

「わッ! アスラン!?」

行きどころを失ったアスランの情念は、安息の穴ぐらを求めて、荒野を駆け回る

「どーしたのぉォ! ディアッカ、アスラン助けてやってよ!!」

(アスラン…お前最高!!)

ディアッカの笑壷(えつぼ)に入(い)り、腹の底から沸き上がるに感情に勝てそうにない

(お前芸人や、芸人さんや…!!)

アスランの恋の悩みはディアッカの陰(かげ)の努力も虚しく、徒労に終わった

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!