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Nephilim




今日もまた飛び付いて俺を抱き締める君

俺の気持ちを解(ほぐ)してくれるかのように




   Nephilim




「アスラ〜ン!!」

ここはザフト軍保養施設

議長はミネルバのパイロット達に、この施設に一晩泊まっていくように勧めたのだ

豪華ホテルになど興味のないアスランは、その勧めを遠慮がちに断ろうとした

その時、廊下の向こうから軽やかな声が響いたのであった…



少々時間を遡(さかのぼる)こと…数時間前

ラクス・クラインの慰問コンサートが開かれている為、ディオキアに停泊中のミネルバ

フェイスとしてミネルバに合流したアスランは、まさかこんなに早く再会するとは予想外だった

ルナマリアとメイリンの二人と一緒にコンサート様子を見に来ていた

ピンクのザクの手のひらで元気に歌い踊る彼女は漲(みなぎ)る生気に溢れんばかりでいた

(そう言えば、初めて会った時も抱きつかれたな…)

アスランはプラントでミーアと初めて会った時のことを思い出していた

声も含めて、本物のラクスに瓜二つな彼女に驚き慌て戸惑う俺

そんなことも知らずに、君は「俺に会えて本当に嬉しい」と、そう言っているかの様に上目使いで優しく微笑む

「私、ずっと待ってたのよ。貴方が来てくれるのを……」

俺は違和感を感じた

普段、ラクスはそんな接し方はしてこなかった

婚約者の頃から

付き人らしき人に急かされ、一礼してから去っていった…

アスランは突然起こった夢の様な出来事に、頭がついていけない

議長と面談をし、アスランは報われた気がしたかように座している

点けたままのニュース映像にいきなり、モニターに赤いハロとプラントの歌姫が現れた

執務室に映し出されたのはラクスの凛とした姿

…だと思った

―違う、ラクスじゃない

アスランはデュランダルを見やる

相手は彼に苦笑いを見せた

「君には無論、わかるだろう?」

やはり、あの少女は……ニセモノ?

偽のラクスを立て市民を騙そうと言うのか?

俺には柔和に微笑む議長が、策略家としての顔を見せ不信感に苛(さいな)まれる

「馬鹿なことをと思うがね。だが今、私には彼女の力が必要なのだよ」

デュランダルは当惑するアスランに目を向ける

アスランにはまだ、デュランダル議長を信じることが出来なかった



宿泊先のホテルに送り届けられ、アスランは考え込みながらエントラスに足を踏み入れた

人気のないロビーに少女の軽やかな声が響くまで、彼はその存在にまったく気付かなかった

「あ!アスラン!」

驚いて上げた目に、ピンクの髪を靡(なび)かせた少女が飛び込んでくる

「お帰りなさい!ずっと待ってましたのよ!」

ラクスを演じていた少女はいかにも当然のように、嬉しそうにアスランの胸に飛びついた

「えっ…あ、君……あのっ」

目を白黒させているアスランに、二人にしか聞こえない声で囁く

「ミーアよ。ミーア・キャンベル。でも、他の誰かがいるときはラクスって呼んでね」

と、言い左目を閉じウインクをした

困惑していたアスランは憮然として目を逸らす

だがそんなアスランの表情もおかまいなく、ミーアは彼の腕を引っ張る

「ね、ご飯まだでしょ?まだよね?いっしょに食べましょ!」
「ええっ?いや、あの……」

一方的な誘いにまた戸惑ったが、ミーアはかまわず彼を引っ張りエレベーターに乗り込む

「アスランはラクスの婚約者でしょう?」
「いや、だからそれはもう……」

アスランはミーアの自分に対する態度がやっと腑に落ちた

ラクスになりきっている彼女だから、アスランに対しては「婚約者」を演じているのだろう



上階のレストランに入ると、二人はVIPルームに通された

黙って向かいに座る

「えっとぉ、アスランが好きなのはお肉?それともお魚?」

アスランは内心うんざりしていたのだが、つい彼女の顔に目が行ってしまう

かつて婚約者として、共に過ごした少女そのままの姿だ

そんな彼女を冷たく拒むことも出来ない

「あ、そうだ。今日のあたしの演説、見てくれました?」
「えっ……」

ミーアはテーブルの向こうから身を乗り出し、真剣な表情でアスランの顔を覗き込む

「どうでしたか?ちゃんと、似てましたか?」

アスランは答えにつまる

ここにこうしているだけで、ラクスや騙されている人達に対して裏切りを働いているような気さえした

ミーアは、しゅんと肩を落とし

「ダメ……でしたか?」
「あ、いや、そんなことはない…けど」

悲しげな顔をされ言葉を濁(にご)すアスラン

「えっ、ホントにっ!」

そう言ったとたん、ミーアは期待の目で身を乗り出しアスランはうなづく

「ああ、よく似てたよ。まあ…ほとんど本物と……変わらないくらいに」

ミーアが弾んだ声を上げた

「やぁん、うれしー!よかったぁ…アスランにそう言ってもらえたら、あたしホントにぃっ!」

彼女の喜びを感知して赤いハロが回る

この少女はプラントの市民を欺き、ラクスを騙(かた)ることに対して、何の罪悪感も持たないだろうか?



ウエイターが持って来た高級な料理に目を輝かせ食事をするミーア

アスランはと、言うと、どうやらあまり手が進まないらしい

高層な建物が立ち並ぶ夜景をじっと見つめている

「あたしね、ホントはずぅっとラクスさんのファンだったんですぅ」

舌足らずな口調で、言葉を発したミーアにアスランは耳を傾ける

「彼女の歌も好きでよく歌ってて。その頃から声は似てるって言われてたんですけど……」

肉をフォークで摘(つか)み、美味しそうに食べながらにこにこと笑いかける

「そしたらある日、急に議長に呼ばれてぇ…」
「それで、こんなことを?」
「ハイ、今、君の力が必要だ―って、プラントの為に。だからぁ」

なんとなく苦い気分になり、目をそむけながら

「君のじゃないだろ。ラクスだ、必要なのは」

思わず言ってしまった言葉に、ミーアを落ち込ませてしまう

「そうなんですけど、今は……ううん、今だけじゃないですよね。ラクスさんはいつだって必要なんです、みんなに」

その声は純粋な祈りのような暖かみがこもっている

アスランはミーアの顔を見直す

「強くて、きれいで、優しくて……」

ミーアは憧憬(しょうけい)の眼差しでガラスに映る自分の姿を見たあと、少し、寂しそうに言葉を紡ぐ

「……ミーアはべつに、誰にも必要じゃないケド」
「あ……」

アスランはさっきの言葉を悔やんで口を開こうとする

だが、その前にミーアは明るい表情を取り戻す

そして熱心に訴える

「だから、今だけでもいいんです、あたしは。今、いらっしゃらないラクスさんの代わりに、議長やみんなの為のお手伝いが出来たら、それだけで嬉しい!」
「ミーア……さん」

アスランの中で彼女に対する見方が少し変わる

彼女も自分なりに力を尽くし頑張っているのだ

戦争へと進んでく針を止めようとして

こうしている間にも、世界はもっとも危険な方向に動いている

手段がどうであれ、アスランはその必死さに、一生懸命さに心を打たれた

「アスランにも会えて、ホントに嬉しい!」

頬を染め、勢い良くテーブルごし身を乗り出し、ラクスに関する色んな質問をしてくる

「アスランはラクスさんのこと、いろいろ知ってるんでしょう?なら、教えて下さい。いつもはどんな風なのか、どんなことが好きなのか……ええと…あと、苦手なものとか、得意なものとか……」

彼女は、同じ目的の為に自分に出来ることを精一杯努めている

アスランの心がまた揺さ振られた

食事をした後ミーアと別れ、あらかじめ泊まっていた自室に戻る

少なくとも自分はここで必要とされている



その翌日、イザークとデ ィアッカに再会し、ニコル達の墓に向かう

「…で?貴様は?」
「え?」
「何をやっているんだ?こんなところで!」

イザークは苛立ちのこもった口調で問いただす

何をやっているのだろう自分は

アスランはぎくりと目をそらす

何ひとつ、うまく行かない

――そんな焦りと虚脱が襲ってくる

「戻ってこい、アスラン!」

イザークが放った清冽(せいれつ)な声音(こわね)に、アスランは目の覚めるような思いで彼を見やる

「事情はいろいろあるだろうが、俺が何とかしてやる。だから、プラントへ戻ってこい。お前は」
「イザーク……」

伝わってくる厚情に胸がしみる

だが、アスランはカガリの姿がちらつきためらう

「いや、しかし…」

「俺だってこいつだって…本当ならとっくに死んだはずの身だ」

痛みを含んだ眼差しをやや伏せ、ディアッカは同意するように黙っている

「だが、デュランダル議長はこう言った」

イザークはアスランに議長の言葉を伝える

「大人達の都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って、今また彼らを処分してしまっては、一体誰がプラントの明日を担(にな)うと言うのです?辛い経験をした彼らにこそ、私は平和な未来を築いてもらいたい」

殊勝な面持ちでイザークは語った

「だから俺は、今も軍服を着ている」

一人一人のそういう気持ちが、必ずや世界を救う

アスランは議長の言葉を思い返す

ゆっくりと…――

だが、確実に、議長の播(ま)いた種が育っている

思いを同じくする人には共に立ってもらいたいのだ

そしてイザーク達は立った

彼は真剣な表情でアスランに向かい語る

「それしか出来ることもないが、それでも何か出来るだろう。プラントや死んでいった仲間達の為に……」

アスランは気付く

俺も同じだ

それだけしか出来ることがない

現在(いま)いる場所でそれは活(い)かされることの無い能力なのだ

イザークはアスランをキッと睨(ね)めすえる

「だからお前も何かしろ!それほどの力、ただ無駄にする気か?」

青色のまっすぐな瞳には、痛いほど力がこもっていた

ミーア
イザーク
ディアッカ
デュランダル議長

そして…オーブで一人、孤独に闘っているカガリ


それは…やみくもに悩み、迷い続けたアスランの心を大きく動かす力になった


アスランはもう迷わなかった

そして新たに自分の剣を取る

もはや手段を選んでいる時ではないのだ

それを止める為なら、自分の手を汚すことも厭(いと)わない

だから俺は再び、ザフトの赤い軍服の袖に手を通している

ただ、俺も生身の人間だナチュラルと違ってコーディネイターは頑強だが、疲れは溜まる

そんな時、彼女の声や歌を聴くと自然に疲れが取れる

――光なんだ、彼女は

キラキラ、キラキラ、眩しく輝いている

俺とは違い、自分の感情に率直で健気な彼女が羨ましく思う

つまり、純粋なんだ

だからまた、俺の心を

励ましてほしい
癒してほしい
認めてほしい

愛で満たしてほしい―…

だからもう一度

目を輝かせ駆け寄って
無邪気で可憐な表情で
微笑んだら抱き締めて



俺の名前を呼んでくれ



(君を俺にと重ねると、深く心を掻き乱される)

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あきゅろす。
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