ラブ・ロマンスは永遠に
例えば俺が誰かのために生まれたと言うなら、その誰かとは誰なのだろう
カタロンの中東支部で、ダブルオーの整備を一通り終えた刹那は、気晴らしに外へ出ていた
砂漠の夜の寒空に、無数に散らばる星を見上げる
「こんなところにいたの?」
「…マリナ」
子供達を寝かせたマリナが刹那の元へ寄り添う
「寝かせたのか?」
「ええ、なかなか寝つかない子もいたけど」
亡国アザディスタンの象徴であったマリナは子供達の間でも人気者だった
「刹那の瞳はとても、綺麗ね」
背伸びしながらマリナはじっと群青色の瞳を覗き込む
「マリナの瞳の方が綺麗だ」
汚れのない無垢な紺碧の瞳は何を映しているのとさえ思ってしまう
「そんなことないわ。貴方の瞳には……繊細な美しさがある」
そう呟くマリナの唇は微かに震えていた
「どうした?」
肩を小刻みに震わせ、俯(うつむ)くマリナの異変に気づき狼狽(うろた)えた刹那は、なるべく優しく声をかける
「刹那、どうしたら貴方の悲しみを癒してあげられるの?」
四年前の刹那は感情を表に出すことのない、寡黙な少年だった
その性格さ故に誤解が生じてしまうことも多い、本当に損な性格
自分の幸せより世界の平和を選び戦う貴方からは、戦争根絶を具現化するガンダムに対しての洗練された眼差しと、仲間を気遣う不器用な優しさがフィルターを通して伝わってくる
それでも貴方の受けた心の傷は完全には癒えない
でも、私にだけは頑(かたく)なに閉ざしていた心を開いてくれた
「マリナ」
淀(よど)むことなく話したマリナの口調は、自分が聞くにはあまりにも勿体ない
彼女が時折垣間見せる物憂いのような視線を刹那は受け止めることが出来なかった
マリナに抱く慕情のような感情は、母親に対する餓(かつ)えた愛情の裏返し
五年前の自分じゃ役不足だ、とでも思っていたのだろう
どこか捕えどころのない漠とした虚しさが広がろうとも、それでも愛が欲しかった
様子を伺うマリナと目が絡み合う
今の刹那が彼女を見つめる瞳は陰(かげ)りひとつ感じさせないほどに澄んでいる
「歌って…くれないか?」
目を伏せる刹那
マリナは彼の落ち着きのある顔を見上げる
「マリナの歌声は……この世で一番」
緩(ゆる)やかな思考の中にはマリナのことしか見えていない
「癒される」
刹那は感情のこもった目をマリナに向けた
見つめてくる彼の瞳には不思議なほど優しい光が宿っていた
胸の中は刹那に対する痛々しいほどの哀切の情でいっぱいだった
貴方に明かりを灯すのが不覚にも私の掌であればいいと思った
貴方の涙を掬(すく)うのが私の想いであればいいと思った
淡々と話す刹那の目に涙が浮かび、浮かんだ涙は一筋の滴(しずく)となって頬を伝った
初めて目にする刹那の感情の湧出だった
疲弊し、温かさを求めて胸に寄り掛かろうとする刹那を、マリナは優しく抱き留める
心を閉ざしてしまったカタロンの子供が、母のぬくもりを求めぎこちなく手を伸ばしてきた時のように
「笑って、そのほうがずっといいわ」
ラブ・ロマンスは永遠に
(想いが呼吸を止めたとき、俺の中で燻っていた夜明けが剥がれ落ちた)
燻る=くすぶると読みます
ついにマリナ様が歌いますね
マリナ様の美声を聞くのが楽しみです
お題拝借、9円ラフォーレ・徒花様
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