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さよならを唱えた君へ




この指先は知っているのです

わたしの好きな人を、わたしが愛した人を

この指先は知っているのです

いくらわたしが否定しても、指先だけは忘れてくれません

わたしを裏切る指先は知っているのです

わたしが愛する人を、知っているのです




火の粉が舞う戦場

うまく空気を取り入れられず、熱が肺を焦がす

地上へ降りたプトレマイオス

沙慈は刹那と共にダブルオーライザーに乗って、戦場の様子を偵察していた

負傷した機体のパイロットを見つける

損壊したガデッサから降りて来たのはパイロットスーツを着たルイス

初めてマリー・パーファシーからルイスがアロウズに所属していると聞いた時の声が甦(よみがえ)ってくる

刹那からの報告を受けて心の準備はしてあった

しかし、ルイス・ハレヴィ、という名が出てきた時は喉元から心臓が迫(せ)り出してきそうな衝撃を受けた

動揺を隠せない

冷静を装いはしたが、応じる自分の声は滑稽なほど震えを帯びていた

沙慈はオーライザーから降り一目散にルイスの元へ向かう

遠く離れてしまったが、今は触れられる距離にいる

一歩を踏み出した瞬間、体が硬直する

ルイスの放つ殺気にこれ以上進むな、と両足が牽制をかけている

そこに五年前の面影はなく、突き刺すような視線が痛い

どうやら右肩を負傷しており時折よろめく

右肩に広がるどす黒い血

慌てて駆け寄ろうとしたがルイスの目がさせてくれなかった

沙慈を見るや否(いな)や獲物を見つめる捕食者の目に変わる

「ル、ルイス…」

唇が微かに震えていた

纏う空気は阿修羅の如く張り詰めている

「沙慈」

表情ひとつ変えずに、常に一段高い所からまるで俯瞰(ふかん)するように見つめた

細めた目の奥には無機質な光が宿っている

「どうして…」

深奥の獣が牙をみせる

「ソレスタルビーイングにいるの?」

今の膠着(こうちゃく)状態を打ち破るには、心が痛む手段を取ることもやむを得ないとの肚(はら)を括(くく)っている

「違うんだ、ルイス!僕はっ」

「黙れ!!」

迷う事なく黒光りする銃口を向ける

「五年前からずっとそこにいたんでしょ」

吐き捨てるような口調でルイスは言った

「パパとママを殺した組織の一員として」

沙慈の胸のうちを無視するかのように、ルイスが続ける

「だったら…沙慈はパパとママの敵」

「お願いだ!ルイス。僕の話をっ!」

トリガーに指をかけ沙慈を目掛けて引き金を引こうとする

「さようなら……沙慈」

後退(ずさ)る沙慈は絶望的な気持ちに襲われていた

僕はルイスに撃たれてここで死ぬのか――?

両足が震え口の中が乾き切る

少しでも力を抜くと、その場から崩れ落ちてしまうほどの恐怖を沙慈は味わったことがなかった

その刹那――

ダブルオーが沙慈を庇(かば)うかのように接近してきた

引き金を引く人差し指は微動すらしていない

「刹那!」

赤黒く、不気味に染まる天上を仰(あお)ぎ見る

「刹那・F・セイエイッ……!」

天地をも揺るがす巨体、光芒を描く青緑色のGN粒子が散布される

ソレスタルビーイングさえいなければ……!

ルイスの心に言いようのない殺意が芽生えた

そうしたら、今もパパとママは生きていた

誰も傷つかずに、誰も死なずに済んだのに……!

叫び出したい衝動がルイスの胸には込み上げていた

ガンダム――

胸に渦巻く感情のうねりがルイスの全身を震わせた

「人殺し!」

容赦ない言葉を浴びせてくる

「あんたに…ソレスタルビーイングに私の苦しみがわかるの?」

初めて二人に胸のうちを晒(さら)け出す

「ルイス!」

「偽善者は黙ってて!」

「………っ!」

自分勝手な行動のせいで、カタロンの構成員を間接的に殺した時のことが、沙慈の脳裏を巡り、思わず苦虫を噛み砕(くだ)いたような顔つきになる

「許さない…私だけは。両親の仇、統一される世界の混乱を招くソレスタルビーイングの存在を私は許さない!!」

胸の奥底に溜めてきた激情を弾丸に込めてぶつける

蛆(うじ)のように湧き出す憎悪

荒(すさ)んだ世界に身を置き染みついてしまった臭い

生み出される劣悪な負(ふ)が剥き出しになっている

彼女の表情からそれを感じ取っていた沙慈は胸の中で臍(ほぞ)を噛んだ

だがルイスの感情とは対象的に、目にはうっすらと光るものが滲んでいる

沙慈には手に取るように分かった

五年前のルイスがどれだけ自分のことを思ってくれていたのか――

沙慈の胸の中には、ルイスの自分に寄せてくれていた気持ちがしみ入るように伝わっていた

「ル………イス……」

沙慈が声を絞(しぼ)り出す

「ルイス……僕は……」

喉に異物が詰まったかのように声にならなかった

沙慈は頭を振り、さらに肩を大きく震わせた

「私は騙されない」

ルイスがソレスタルビーイングを、自分を許せない気持ちが痛いほどに理解出来た

沙慈は虚(うつ)ろな視線をルイスに向けた

「そんな安っぽい涙なんかに、私は騙されないわ」

ルイスの瞳が揺れる

見つめ返してくるルイスの目には、軽蔑とも哀れみとも取れる光が宿っていた

「自分の卑(いや)しい心をおもいっきり見つめるといい」

沙慈の心のうちを覗くようにルイスが目を細めた

ダブルオーから降りた刹那は沙慈の背後に立ち、じっとルイスの行動を見守っている

ルイスの背にはさっき見せた動揺のかけらすらも残ってはいない

むしろ凛としたある種の気品が備わっているようにも感じられた

沙慈と刹那を、睨(にら)み据えるルイスの胸は、次第に息苦しさを増してきた

それに、もっと不快感や抵抗を示(しめ)すかと思ったのに、拍子抜けするほど簡単に銃を下ろした

こちらの様子を伺(うかが)っていたのだろう

糸が、切れた

ふたりをつなぐのは真っ赤な真っ赤な血の色だけなのに

どうしてだろう

とてもやわらかで甘やかで、ただどうしようもなく泣きたくなる

ああ、切れた糸は行き場を無くしてふらりと揺らめく

決別は緩やかだ

終わりはもう、目蓋を閉じる

言葉というのは、大変難しい

真実を伝えようとすると、逆に真実から遠ざかることもある

だが、人が一心不乱になって自分の正直な気持ちを伝えようとすると、ふとした弾みで、長いこと心の奥底に蟠(わだかま)りとして持ち続けていたことが表面に出てきたりする

沙慈は姿勢を崩さず、直立不動で立ち尽くしていた

そんな沙慈を見つめるルイスの目からは、戦場で再会した時の興奮の色は消えていた

代わりに、遠く地の果てを見つめているような、どこか茫(ぼう)としたいいようのない寂しさが滲んでいた

口の中は乾き切り、言葉が言葉にならない

もはやこれまでだった

固く閉ざしたルイスの心の殻を開くのはもうこれ以上どんな手段を講(こう)じたところで不可能だろう

ルイスが背を向け、沙慈や刹那の通ってきた方向とは違う、反対側の道なき道へと去って行く



さよならを唱えた君へ



(喩えぼくがどんなに君を想って泣いたとしても君はそのことを知らない)
























本編での影響か薄暗い話に

こんな再会の仕方は嫌だ…

ルイスの誤解が早く解けますように



























お題拝借、虫喰い・9円ラフォーレ様



あきゅろす。
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