傷口を抉る消毒液のような、言葉。
「まもなく、アザディスタンだ」
「戻って…来られたのね」
マリナはしばしの間、頬を緩ませ、故国に戻って来られた喜びと懐かしさに、感慨深く浸(ひた)っていた
「ああ、アンタの国だ」
吸い込まれそうな雲海を抜け、二人の目の前に映った光景は、夜の灯(あかり)を燈(とも)す市街地の姿ではなく
「アザディスタンが……」
眼下のアザディスタンの市街地を襲う惨状を目の当たりにし、言葉をなくす刹那とマリナは、ほぼ同時に目を見開く
「燃えている…!」
業火渦巻く火の海だった
「どうして…アザディスタンが…! どうしてっ!」
震える唇から、やり切れない思いが漏れ出す
混乱状態に陥(おちい)るマリナを落ち着かせ、一刻も早く状況を把握しようと刹那はモニターに目をやる
「この規模…テロなんかでは」
すると、暗がりで見えなかった一機の機鋭に気づいた刹那は、キイを操作し拡大する
赤いGN粒子を散布させた一機のガンダムが、炎に包まれた市街地を見下ろしている
「あれは………ガンダム!…」
赤黒さが入り混じった、見覚えのある純粋な悪意を生み出す色
「しかも…あの色は……。まさかっ!」
刹那は鋭く息を呑(の)んだ
艦橋(ブリッジ)にズシリ、と重苦しい緊張が走る
その邪悪な色を放っていた羅刹は
「そうよ。そのまさかよ!」
諸悪の根源とも言うべき男
戦争屋、アリー・アル・サーシェスであった
「生きてたのか。クルジスのガキ!」
なぜ会話が成立したのか、明確な理解はしていない
生後間もない赤子や野生動物の本能日(いわ)く、レイ(0)コンマ数秒の間で危険信号を察知したとでも言うべきか
ただ、刹那の胸の奥底には言いようのない疑念とわかだまりが、滞(とどこお)ることなく渦巻いていた
「なぜ…アザディスタンをッ!」
「依頼主から頼まれたんだよ。アザディスタンを焼き払えってな」
「依頼……主、だと…?」
傭兵のバックには、必ずと言っていいほどスポンサーの存在が欠かせない
「おおっと、コイツは言えねェ…。言ったらせっかくの金が貰えなくなっちまう」
「そんな……。私が、アザディスタンを離れたせいで…!」
マリナはサーシェスに食ってかかることもできずに沈黙した
ただ、荒い息が、閉じ忘れられたような唇から漏れただけ
悲壮感に打ちひしがれ、地面に崩れるマリナ
「おっ! アザディスタンの姫さんか」
飄然とした表情を微塵(みじん)も崩さず、威圧感漂う上から目線で、喉元から堰(せき)を切ったような嗚咽を漏らすマリナを見下しほくそ笑む
「悪ィなァ…アンタの国、撃っちまった」
アザディスタンが壊滅的被害を被(こうむ)った
その事実は国を留守にしていたマリナに深刻な衝撃を与えた
「ま、こっちとら仕事なんでな」
「待て! サーシェスッ!」
途端、刹那の頭に血が逆流する
生理的嫌悪が爆発的な怒りに変質したその瞬間、まるで刹那の生存本能に連動したように、叩き込まれた戦闘プログラムが起動した
「今はテメェに構ってる暇はねェんだ。今回だけは見逃してやるよ!」
「くっ……!!」
空中で滑らかな弧を描き、機体を翻(ひるがえ)して、サーシェスは夜の闇の彼方へと消え去って行った
アロウズの差し金か、雇われたのかはっきりしない
しかしこれだけはわかる
あの戦争屋は四年前と何もかもが一緒だと
事実を受け入れてはいるが、未(いま)だ泣き崩れているマリナに近づき、かつて彼女が自分にしてくれたようにそっと寄り添う
「マリナ」
刹那は小さな手で一国を背負うマリナの悲しみを、少しでも和らげてあげたいと考えていた
だが、やり方がわからない
今まで殺すことや壊すことでしか生きて来れなかった刹那に、いきなり「泣いているマリナを慰(なぐさ)めろ」と、言われてもますます苦悩するだろう
寄り添うことしか出来ない自分に歯痒(がゆ)さを感じる
「…刹那」
「何だ?」
秋の空を静かに映すは紺青(こんじょう)
早朝の静寂漂う水面の如(ごと)く、マリナの瞳が悲しく揺れる
その刹那、整った面差(おもざ)しに過(よ)ぎったのは、決意と逡巡、安堵と後悔……相反する、無数の感情の影
「私を……宮殿へ…降ろして」
「何を言っている…!?」
あの火炎地獄の真っ只中に、慈愛の聖母たる彼女を降ろせと言うのか
故国を焼かれ、灼熱の火の粉から逃げ惑う人々
何よりも国を優先するマリナの気持ちを考えると、否定は出来ないが、賛成しかねる
「私の……私のせいで…だから!」
彼女の目は靄(もや)のように霞(かす)んで、人の血を連想させる深緋(ふかひ)しか見えていないのかもしれない
「落ち着け! マリナ」
混濁する意識の中、何かを掴もうとし朧(おぼろ)げにもがく彼女を、刹那は必死に呼び戻す
「今更行っても、もう遅い」
「それでも、例えそうだとしても、私は…!」
台詞のニュアンスからして意地とも呼べるマリナの訴えに、刹那は言葉の語尾に裂帛(れっぱく)の剣気を宿らせ、冷たく言い返す
「マリナが出来ることは……ないに等しい」
想像してみる
朝靄(もや)の中から蕾(つぼみ)が開き始める花を
花は自ら命を縮め、花を支える土の為に枯れ落ちようとしていた
傷つけたくはなかったが、敢(あ)えて傷つけた
生半可な気持ちで止めようとしても、容易(たやす)い覚悟など、当に持ちえぬ聡明な女性(ひと)だから
「アザディスタンの為なら…死んでもよかった!!」
突き刺さるような視線を刹那に向け、機内にマリナの放った叫び声が木霊(こだま)する
その叫びは、白く澄み渡る風の如く、刹那の視線を射抜いた
「だったら…なぜ止められなかった」
猛烈な嵐に心が掻き乱されていたマリナの精神は、平常心を取り戻す
「なぜ、今起きている事態を事前に止められなかった?」
刺(とげ)を含んだ、刹那の正論がマリナの耳元で、荘厳なオーケストラと言うべき交響曲となって冴(さ)え渡る
雁(がん)字雁(がら)めに絡まった、マリナの感情を垣間見た刹那は、鋭利な言葉で淀(よど)みなく垂直に切り裂いた
傷口を抉る消毒液のような、言葉。
(悲しみの息の根を止めて、愛に焦がれた胸を貫いて)
マリナさんに対して敢えて厳しさを追求する刹那
シリアス展開な本編沿い書いたらこうなりました
刹那も辛いんです
マリナさんはさらに辛くひどい目に
刹マリは、彼等の生きる時代そのものが二人を引き裂きそう
時代が刹那とマリナさんの幸福を許さないんです
でも、運命に抗(あらが)う二人を未来は裏切らないので…!
なんとか頑張ってもらいたいところです
刹マリの関係って、例え結ばれて手を繋ぐにしても半年ぐらいかかりそう
そこが良いとこなんですけど(笑)
戦争で得るものなんて何ひとつない
その先にあるのは破滅だけ
お題拝借、虫喰い
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