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一掬の涙




転がす甘さにさえ負けてしまう

弱い柔いその脱け殻を喰んで、その甘さに痺(しび)れるほど酔いしれてしまえば、少しはきみを理解できるのだろうか――




「頼みがあるんだ、ハロ」

作業着に着替えた沙慈は、ハロを片手に格納庫へと向かう

「会いに行かなきゃ、ルイスに…!」

周囲に人がいないことを確認してからダブルオーライザーのコックピットに乗り込む

AIのハロを右側に置き、コックピットハッチを閉じ電源を入れる

衝動的な判断だったのかもしれない

飢えを満たそうとする動物のように本能に逆らえず、気づいたら足が勝手に動いていた

この日をどれだけ待ち望んだことか

五年前、スペインの療養先の病院でルイスから唐突に別れを告げられ、涙ぐみながら日本へ戻った時の心情が鮮烈に蘇る

精一杯の笑顔を繕(つくろ)って二階の窓から僕を見送ってくれた

窓ガラスが曇っていてよくは見えなかったが、ルイスは泣いていたのかもしれない

一滴(ひとしずく)の欠片が零れ落ち、癒えぬ悲しみが水溜まりとなり波紋を描く

どこまでも気丈に振る舞うルイスの姿が痛々しくて、僕は敢(あ)えて見ないふりをした

あれがルイスの姿を見た最後の日――

淡い記憶が、過去の残滓(ざんし)が苦みを増して、切り裂かれた傷口が痛烈に滲(にじ)む

だがそれも、ここまで

沙慈は画面の先へと続く宇宙を想像し、真っ直ぐに見据える

――やっと

やっと生身のルイスと再会を果たすことが出来る

たまにメールでのやり取りはしていたが、二年前からルイスからの連絡が途絶え、それきり

そのメールに綴(つづ)られていた文章も、どことなく他人行儀でぎこちなさを感じ、見る度に哀愁にかられた

沙慈は自分の向かい先と目的を、心の中で呟く

(ここから離れて、ルイスに会いに行く)

沙慈の裡(うち)で、行き場を求めてとめどなく募(つの)る慕情は止められない

「アロウズなんかにいちゃいけないんだ!」

ソレスタルビーイングというテロ組織に、深く関与する前に抜け出すには今が絶好の機会

戦えば人は傷つく

(僕に人殺しをしろと言うのか?)

戦いは戦いを呼び、血は次の血を求める

それこそ際限なく、右往無尽に

(僕は、お前等とは違うんだ!)

沸き上がる興奮と昂揚に突き動かされ、機体を動かそうと試(こころ)みる

沙慈は右の人差し指で目頭を押さえた

「僕達は関係ないのに……こんなところにいるのがおかしいんだッ!」

その顔には、苦悩と不安の色が入り交じっている

「戦争なんて……やりたい奴等だけで勝手にやってろよ!!」

勢いに任せて怒鳴った沙慈は、今までに心の奥底に溜め込んだ汚物を吐き捨てる

「僕達は取り戻すんだ」

光を弾いて輝く、その髪が好きだった

顔いっぱいで笑う、その表情が好きだった

ショッピングの途中で、ガラスのショーケースに飾られたブランド物の指輪を買って買ってとねだってくれた

「あの頃を…」

柔らかなそのてのひらが好きだった

怒れば怖いけれど、とてもやさしい声が好きだった

空港に見送りに来た自分にうっとりと目を閉じ、人前でキスをせがんだルイス

「あの日々を……!」

なによりもどれよりも、ほんとうに君のことが好きだった

五年前の幸せな過去を取り戻そうと意固地になる沙慈だったが、カタロンの中東支部でアロウズが投入した新型兵器、オートマトンによって虐殺された人々が浮かび上がり、思わず目を見開く

「そういう現実から目を背ける行為が、無自覚な悪意となり、このような結果を招く…」

はっと喉を鳴らし、その場に凍りつく

ティエリアに尋問された時に言われた台詞が「ルイスに会いたい」という、偏見で凝り固まった沙慈の脳裏を酸化した赤黒い色が掠(かす)めた

「彼等の命を奪ったのは君だ!」

褐色の目が大きく見開かれ、みるみる顔色が褪(あ)せていく

「君の愚かな振る舞いだッ!!」

頑(かたく)なに操縦桿を握りしめていた右手が緩(ゆる)み、力無く滑り落ちた

「また僕は………同じ事を……」

絶望が頭を過(よ)ぎり冴え渡る

心のいちばん柔らかいところに隠すもの

それは傷

深い深い傷ほど誰にも触れられないと知った

「どうすれば…っ!どうすればいいんだ……!」

苦痛に苛(さいな)まれ迫り来る恐怖に怯え、胸が押し潰されそうになる

絶え間無く渇望に蝕(むしば)まれ、欲しがる渇(かわ)いた己が心

行き場所を失い、幻影がちらつく薄暗い迷路の中を彷徨(さまよ)う




明日は二度と醒めない夢のなかで、永遠を微睡み続ける

昨日は抜けられない沼に足を取られ、自分自身を閉じれない

終わらない、終われない、終わってくれない、始まりもしない

延々と、延々と、狭間を縫うように連綿と途切れることなく

ウロボロスが己の体を喰み続けるように

重力が決して反転しないように

なにも望めはしない悪夢はなくならない

望む端から崩れてゆく

掴む傍から零れてゆく

死にたい月は沈んでゆく

沈む太陽は嘆きを謳(うた)い

嘆きの亡骸を焼き尽くす

「ルイスッ……!!」

塞(ふさ)がれた瞼から透明な水の粒を作り出す

どうして涙というものは、心臓を圧迫するのだろう

考えども答えの出ない問いが突き刺さり、無垢な心は血塗られてゆく――…

どうしてこうも心臓を、押し潰そうとするのだろう

剥がれ落ちた胸の隙間の軋(きし)みに、無力な沙慈はただ呻(うめ)くことしか出来なかった――




体の真ん中に鉛(なまり)を押し込まれたような感覚が人知れずある

自分の胸を襲うたび、沙慈はひっそりと掌に爪をたてる

ぐう、と喉の奥で悲鳴を弑逆して初めて、一般人の彼は平穏の脆さを知る

凝った塊は吐き出したくともできない常を教え、滲む血潮は背(そむ)けることのできない己の弱さを突き付けてくる

涙を知ったその時から、沙慈は無知ではなくなった

そしてその代償なのか、無垢というものを失った

無垢を失い無知を失い、それでも沙慈・クロスロードはただひたすらに愚かでしかない

(そうだ、いつまでたっても僕は愚かなままなのだ)

沙慈は耳を塞ぐようにしてその場に縮こまり、嗚咽を漏らす

涙がとめどなく頬を伝った



一掬の涙



(君の手を放すくらいなら死んだ方がマシだった)




























あんな再会の仕方でさらなる誤解が

沙慈は約束通り夢を叶えてずっと宇宙でルイスを待ってたのに

うじうじ悩む沙慈ときっぱり割り切るルイス

沙慈ルイ切な過ぎます…

どうにか幸せになって欲しい二人

これで悲恋になったら立ち直れませんよ









































お題拝借、9円ラフォーレ様



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