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契約を交わした二人


「これで貴方は王の力を手に入れた」


人知と理屈を超えた体験


時間に換算してわずか数十秒の間での出来事に、唖然とするアレンにL.L.は淡々と告げる


「さて、貴方はこの力をどう使う?」


何の事だかアレンの脳では理解が追いつかず、小首を傾げる彼に興味深く問いかけるL.L.


この時アレンはL.L.の言葉の本当の恐ろしさと、受け入れた力の概要を把握していなかった



「そういえば、貴方の名前聞いてなかったわ」


L.L.が名を尋ねるとアレンは小声で呟いた


「……アレン」


体を起こし新聞紙を体から剥がしたアレンは、冷気の影響で凍ってこびりついた雪を両手で払い落とす


「立てる?アレン」


無表情のまま静かに問うL.L.を見上げ、青白い唇を震わせ弱々しく頷く


アレンの容態が深刻なことを見抜いたのか、L.L.の提案で街の外れにあるレストランで食事を取ることにした


だが衰弱しきっていたアレンはうまく立てず、足がぐらつき地面に崩れ落ちてしまう


「無理みたいね」


「ごめん、なさい」


先程まで雪は容赦なく涙ぐむアレンの小さな体に重く、降り注いでいた


だが、今は違った


「分かったわ」


冷たい地面から離れたアレンは、両膝の裏側と背中に手を回され、持ち上げられる


L.L.の両腕に抱き抱えられているのだ


腕の中のアレンの表情は驚き半分、有り難さ半分といったところ


「あ……あの」


視界の焦点が定まらない中、アレンは怖ず怖ずとL.L.の様子を窺(うかが)う


「L.L.」


黙ってじっと視線を虚空に据(す)えていた秀麗な顔が近づいてくる


「私の名はL.L.。今度からそう呼んで」


冷静な口調は変えず、そう言ったL.L.は僅かの間微笑えんだ


「じゃあ…L.L.」


彼女なりの優しさを感じたのか、アレンは覚束ない口調で礼を言う


「あ、りがと」


「別に」


アレンを抱えながらクリスマスで賑わう街中を歩き始める


温かいL.L.の胸にもたれ、規則正しい寝息をたててアレンは眠りにつく


頬をかすめる冷たい風が、L.L.に何かを思い出させる


積み重ねてきた契約者達との年月


男もいれば女もいた


優しい人もいれば哀しい人もいた


様々な末路を辿った契約者のことを


全身が黒の衣装を身に纏うのためか、通りかかる人々は畏敬の目で見つめる


(今、貴方に死なれたら困るの)


なぜならL.L.には見極めなければならない、いくつかの条件がある


イノセンスの契約を結んだアレンが、潜在能力を開花させふさわしい契約者であるか、見極めなければならない


この条件を満たさない契約者に用はない


イノセンス能力者と能力を与えた魔女


利用し、利用されるだけの関係


実に引き返すことの出来ない道を選んだアレンとL.L.の関係を如実に現していた



角を曲がり、狭い路地をまっすぐ進むと街の外れに小さな明かりを灯(とも)した小屋がある


煉瓦を積み立てて出来た、頑丈そうな小屋だった


窓から微かに漏れる灯(あか)りが、L.L.とアレンの心を仄(ほの)かに照らす


ドアを開くと、カウンターで食器を片付けていた女性が体中に雪をかぶったL.L.に気づく


「いらっしゃ…あら、お帰り。L.L.さん」


開けっ放しのドアを閉め、L.L.を温かく迎えるこの女性はこのレストランの店主である


数日前、宿を探していたL.L.だったが冬の時期は予約客で満員


店員に他の宿を当たってくれと申し訳なさそうに言われ、追い出される


L.L.は泊まれる場所を探し回っていたのだがほとんどと言っていいほど断られた


得体の知れない他人を受け入れてくれる民家がなかなか見つからない


だがここだけは、「店が閉店した深夜だけ」との条件付きで、途方に暮れていたL.L.を受け入れてくれた


「寒かっただろう。ま、とりあえずお座り」


そう言ってL.L.を席へ案内しようとするが、彼女の腕の中で縮こまって眠るアレンに気づく


「その子はどうしたんだい?」


「倒れていたから拾ったんです」


店主に事の経緯を軽く説明をしながら、L.L.は手早くアレンの凍傷の手当てをし始める


ただし、イノセンスのことだけは言っていない


時間帯によって混雑な時もあるが、夜の九時過ぎということもあるのか店内の客足は疎(まば)らだった


「そりゃ気の毒にねえ…」


閉店後、事情を聞いた店主は沈痛な表情を顔に出し、あどけないアレンの寝顔を見つめる


凍傷が進行していたのか、紫色に変色していたアレンの腕や足


ぬるま湯に浸し、絞ったタオルで一定時間置きにじんわりと患部を温める


合間に店主が残り物の材料で作ってくれたシチューとパンを食べながら、L.L.は何も言わずにその作業を繰り返していた


「まあそういう事情なら仕方ない。日数が延びても構わないから、その子の看病してあげな」


「ありがとうございます」


近場にある離れの家に戻っていく店主に礼を述べ、L.L.は暖炉に足りない薪を数本くべた


一通りの治療を施した後、L.L.はアレンの長く伸びた前髪を横に梳(す)く


暗闇の中、暖炉という限られた空間の中で煌々とうねる火と飛び散る火花


暖炉のそばで着ていた服を乾かしながら、L.L.はいつまでも生命力を象徴する火を目も反らさず見つめていた


「私にとって…ふさわしい契約者になりなさい。アレン」


その言葉と行動に一貫性はない


ただそうありたいと願う日々は自ら夢を切り捨て、そして蛹を殺し蝶を喰らった


産み落とされた卵は最期まではばたく事を信じたまま、織り上げた繭と殻に身を包む


つまり全ては間違いと正解を取り違えた単純な数式だと気付くまで、この繰り返しは終わりを迎える事はない


そう、永遠に





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