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おはなし
休暇(次元+不二子。ル不風味。一応続きます)
ヨーロッパの端っこ、離島、さざ波。
浜辺を見下ろすように造られたここのアジトには何の音も響かない。ざざあ、ざざあ、と規則正しい音を除いて、聞こえるのは自分の吐く紫煙の音だけだ。
古ぼけたソファーに寝そべり、次元はただ木目の天井に煙を吹き掛けていた。目の前に広がるペルメルの匂いは、開けっ放しの窓から流れてすぐに消えてしまう。
ただ吸って、吐いて、吸う。いつの間にかテーブルの上の灰皿には小さな山ができ、次元は吸殻をこぼさないように慎重にその頂点に重ねた。

聞こえてくる、ハーレーの爆音。
音はどんどん強くなり、さざ波などありはしなかったかのように我が物顔でアジトの中に侵入する。
窓の真下でエンジン音が止まったかと思えば、すぐにカン、カン、カン、と階段を登るヒール音が大きくなった。響く音に片眉を上げ、帽子を深く顔に被せる時には、もう扉は開く寸前にせし迫っていた。

バン!

来客の正体など、分かりきっている。女だ。
今日もその身体を黒く光るライダースーツで包み、薄いスカーフを首に巻いて来たのだろう。長い髪を風にはためかせ、シャネルの何番かの香水を付けているんだろう。
いつだか相棒が熱心に教えてくれた気がするが、何番までかは思い出せない。
女はアジトの中を見渡すと、ソファーの上の男を見つけ、近づいてきた。ヒール音は木造の床に響き、時折木を抉っていく。
いきなり、帽子を奪われた。目に慣れない光のシャワーに皺を寄せ、見上げれば白くぼやける視界の中に、白い顔を縁取る輪郭が微かに見え、睨み付ける眼光だけがやたらはっきりと見えた。

「随分悠長なものね。私じゃなくて敵だったらどうする気よ。」

「………眩しい。帽子返せ。」

帽子で留めていた前髪が垂れ下がってきて、邪魔くさい。右手で適当に掻き上げても、また垂れてくる。
だんだんと慣れてきた目で女を捉えた。女はふん、と鼻を鳴らすと、俺の帽子を指で回しながらテーブルに腰掛けた。

「ルパンは?」

「見りゃわかるだろ。いねぇよ。」

テーブルの上の大量の酒瓶も、グラスも、中の溶けてしまった氷も、みんな自分で調達したものだ。

女―不二子は俺の返答に息を吐いて、グラスにもう残り僅かのバーボンを注いだ。

「どこにいるのよ」

「知らんね。」

「あんたがここにいるってことは、何かあったんでしょう?ルパンに会わせて。彼に話があるの。」

「お生憎様、俺はここに休暇でいるだけだ。何にもねぇよ。」

不二子はグラスの酒を一気に呷った。唇が、酒で濡れていやな色に染まる。俺の喉も鳴ったが、グラスを奪われていたので仕方なしに直接酒瓶を呷る。
全世界にいくつもある俺達のアジトの中でも、ここは俺のお気に入りだった。都会の喧騒からも外れ、ゆったりとした時間が流れる中で飲むバーボンウイスキーは最高だ。その時間も、最も会いたくない女の来客で壊れてしまい、俺は少し顔をしかめた。
暫らく続いた沈黙の間、不二子は飲み終えたグラスの淵を辿って目を伏せていた。赤いマニキュアが目立つ割に、その顔にはいつもの覇気が少し薄れているように見える。いつもそれくらい淑やかにしてりゃあいいのに、と俺は空いた瓶を放って考えていた。

「三ヶ月よ。」

「何が」

「ルパンと、最後に会う約束してから。手に入れたダイヤを渡してくれる代わりに、その夜一緒に付き合うって約束。」

「けっ、どうせ夜まで居る気なんかさらさらねぇくせに。」


「勿論そうよ。でも、ダイヤを貰うために私はちゃんと時間通りに待ち合わせの場所で待ってたわ。会うって約束は、ホントだったから。」


「でも、どれだけ待ってても、彼は現れなかった。」


「………………………」

風が少し強くなったらしい。ざぁ、ん、という音が窓から響く。浜辺も午後の陽気から黄昏に変わっていくようだ。

「私との約束は破ったことがないのに、来ないなんておかしい。何かあったに決まってるわ。携帯にも何度も連絡したけど、いつでも留守。アジトも何軒か回ったし、情報も集めた。けど、手がかりになるものは何一つなかったわ。」

睫毛が震えている。あれだけの大立ち回りでいつもお宝を掻っ攫っていく不二子が、俺達の苦労をウインク一つで片付けてしまう女が。細い肩の儚さが目についた。
だから、ついこんな言葉が零れたのだと思う。

「不二子」

「何よ」

「…ルパンは、生きてるさ。どんなになっても、お前には会いに行く。」

「…………………」

今度は不二子が俺の方を見て目を丸くしていた。そして、ふっと吹き出すと、一変してまたいつものからかうような表情に戻った。


「…あんたって、あんたって、ほんとバカよね。自分の状況と立場、考えてから言いなさいよ。そんなんだからモテないんだわ。」

「あ?何だよ、人がせっかく気ぃ遣ってやったのによ。」

「もういい。ここであんたと時間潰してるなんてもったいないもの。あーあ、イタリアの富豪の御曹司でも探してこようかしら」

「へーへ、行くならさっさと行っちまえさっさと。これ以上お前にやる酒はねぇよ。」

「あっそ。じゃあさっさとこんなとこから出て、街で美味しいシャンパンでも飲ませてもらうわ」

不二子は立ち上がると、横に置いていた帽子をおもいっきり俺の頭にひっ被せた。

「おい!形が崩れるだろ!」

俺が形を正そうと頭に手を伸ばすと、不二子はその手を止め、俺の額に帽子越しに唇を寄せた。

「情報料よ。じゃぁね、留守番犬さん。」

去っていく不二子の姿を、俺はソファーに仰向けたまま見送った。帽子の額部分に、少しだけ赤い口紅が付いている。

「誰が留守番犬だ………」


呟きは、波音に掻き消された。










補足。
次元→ルパンの絶対的信頼
って不二子ちゃんは知ってるから、ルパンの消息について次元から何か言われるということはかなり確信が高いって踏んだ訳です。
ルパンが消息経ったのに次元がのんびりしてる訳ないし。


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あきゅろす。
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