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「ペリー? そんなの……
確か百年以上も前の話じゃん」


此処は日本語が通じる外国だろうか。

現代では大分他民族を受け入れているものの、やはりどうしても己と違うものを特異な目で見てしまう時がある。千代は普通に生活していては感じることのできない居心地の悪さを、時代の違いという理由で思い知ることになった。

女は、厄介なものにつかまってしまったとでもいうようにそそくさと去っていく。草履が跳ね上がるたびに巻き起こる土埃をぼんやりと眺め、頭上に広がる大きな空を見つめた。


――言葉は通じる、顔立ちも日本人だ。此処は紛れもなく日本。
違うのは……時代?


「――タイムスリップ」


ぴん、と頭に浮かんできた言葉を呟く。突然こんな異空間に放り出され頭まで侵されてしまっていると、思いついた結論をすばやく打ち消す千代。


ポケットに突っ込んでいたいつもと変わらぬ携帯電話を取り出し、懐かしげに見つめた。
電波は変わらず圏外だが、時計やその他の機能は作動しているようだ。

もう使い道の無くなったただの塊を閉じたと同時。


「――いたっ」

携帯電話がするりと手のひらから抜け落ち、小気味好い音をたてて跳ねた。


「なにすんのよっ!」


何者かに思いきり腕を掴まれ、そのまま折れそうな程に捻り上げられる。
受け身など何の知識もない千代は、されるがままだった。


「てめぇ何もんだ」


耳元でそう問う男。
背後からでも感じる殺気。

荒々しく訊く主になんとか向き合おうともがくが、背に腕をぐいと押さえ付けられ身動きひとつ取れない。


「痛いってば!
何なの、あんた達の方が変だよ!」

「あんだと?」


乱暴に手首を掴まれたまま、器用にくるりと向きを変えられ千代は男と対面を果たした。その顔は面白いものを見つけたといわんばかりに口の端を吊り上げ笑っている。
それは歴とした“笑顔”なのだが、何故か恐怖を煽る表情だった。


「此処で何してる」

「こっちが訊きたいです」

「……そこに落ちている物は何だ」


と、男は視線だけを地面に移す。


「携帯電話ですけど」


男は千代の腕を掴みつつ、少し腰をかがめ土にまみれた携帯電話を拾い上げた。人差し指と親指で警戒するようにつまみ正体を見破ろうと観察する。


「けいたいでんわ?」


その妙なイントネーションから、おそらくこの男は本当に知らないのだと感じる千代。一通り観察し終えた男はもう一度なめ回すように見、無表情な顔で言った。


「……おめぇちっと着いて来い。
話はそこで聞く」


知らない人には着いていってはいけません。現代なら誰でもそう教えられたはずだ。
しかし、こんな世界で頼れる人などいない。

今が何年なのかも、何処なのかも未だ分からないのだ。

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