Respect
2
「城島先輩?」
不機嫌さを表した俺を不安そうな顔をした杏が覗き込んだ。
「あぁ…いや、何でも無い。気にするな」
杏の気持ちを裏切らないためにも俺は立派な先輩、兄貴分を演じ続ける事を決心した。
…だが、自分の感情に気付いてしまった俺は杏の日々の行動にいちいち反応してしまう。
俺以外の先輩にも気を配る杏は、皆から可愛がられていた。
正直な所、それも気に入らない。
その愛らしい笑顔は俺だけに向けば良いのに。
他の男に愛想良くするなよ…
少し小生意気そうだが、もとから可愛らしい顔をしているという事も有り、無駄に杏に触る奴もいる。
俺の前で杏の頭を撫でるな。
杏に触れるな!!ムカつくんだよ!!
普段は仲の良いダチにまで杏の事となると嫉妬した。
…だが、仲間も大切だから私情でダチをブン殴る事も出来ない。
杏を愛する気持ちを隠しながらも、ダチも大切にするという苦労が続いていた。
そして何より、俺に憧れている杏を裏切らないためにも俺は感情を押し殺して耐える日々が続いた。
しかし、俺は自分で思っていた以上に重症の様で、常に杏の事を考えるようになっていた。
杏にとっての良い先輩を演じるのも、そろそろ限界が近いとも感じていた。
杏が欲しい。
杏を抱きたい。
可愛いその顔と体を俺の欲望で汚したい。
…男なら誰だって好きな奴と繋がりたいと思うだろう。
・
・
・
そして俺はついに行動に出してしまう。
俺のダチによって強い酒を何杯も呑まされた杏は介抱無しでは一人で立つことも出来なくなっていた。
それを理由に、最低な俺は酒に酔いつぶれた杏を気遣っている様に見せかけバーを出るなり、欲望のままホテルに連れ込んでしまった。
俺に抱きかかえられている間、温もりが心地よかったのか杏は目を閉じて寝ている様にも思えた。
目を閉じた杏は少しだけ普段よりも幼く見えて、喧嘩をする割には華奢で軽い体のラインを抱きかかえる腕越しで感じ取った。
杏をベッドに降ろすと意識が戻ってきた様で、ゆっくりと目を開けて潤んだ瞳で俺を見上げた。
「じょうじま…せんぱい?」
杏に名前を呼ばれた瞬間、自分の汚い感情に罪悪感が襲った。
状況を理解出来ないであろう杏は今も酒によって思考が働かず、ここがラブホテルであることも解っていないかもしれない。
平静を装ってミネラルウォーターを差し出しながらベッドに座った。
「杏が、酔いつぶれていたから休ますために部屋を借りた。ほら水だ、飲め」
杏の上体を起させてやると口元にペットボトルを近づけた。
「ん…、じょうじませんぱい、ありがと…ございます」
杏は一口水を飲むと身体がふら付くのか俺にもたれかかってきた。
俺は杏の肩を抱き寄せて介抱してやる素振りした。
だが酒で身体が火照り、息苦しさに濡れた唇を半開きにして俺を見上げた杏の艶かしさに一瞬呼吸が止まった。
いつもは小生意気そうに見える表情も、今は眉尻が下がって何だか、か弱い。
潤んだ瞳が妙にイヤらしくて吐息交じりの擦れた声に俺の血液が沸騰するようだった。
いつもは活発な満面の笑みで俺の名を呼ぶが、酒に酔った杏の色っぽい表情と、吐息交じりの声に俺の方がクラクラした。
杏は首元が苦しかったのか自分でシャツのボタンを2〜3つ程外した。
すると俺の位置からだと肌蹴たシャツの隙間から杏の小さな乳頭がかすかに見える。
俺はゴクリと生唾を飲んだ。
触りたい…。
その小さな胸の突起を指で捏ねくり回して、舌先で味わいたい。
頭が沸騰しそうだ。
このままベッドに押し倒したい。
だが、純粋に俺を尊敬している杏を裏切ってまで、この可愛い後輩を俺の欲で汚すことに躊躇する。
そんな時、熱に浮かされた杏の独り言に俺は凍りついた。
「城島先輩に出会わなければ…良かった」
「…え…?」
突然の言葉に俺は奈落の底に落とされた様な…金槌で頭を殴られた様な酷い衝撃が走った。
普段、俺に人懐っこい笑顔を見せて、尊敬してる、憧れていると言っていた杏が....、今、何て?
酒に酔っているって事は本性のまま、本当の意見が口から出た可能性が高い。
俺は心臓が締め付けられた。
すごく、嫌な痛みだ。
好かれていたと思っていたけど、実は嫌われていたのか?
本当は俺の事が怖くて、従っていただけなのか?
考えるほど心臓がズキズキと痛む。
答えを聞くのが怖いと思いつつも俺は震える声で、酔って目を瞑っている杏に問いかけた。
「杏は…俺の事が嫌い…なのか?」
すると杏は目をあけて再び俺を見て驚いた顔をした。
「せんぱい、何を言ってるんですか?嫌いなんて絶対にないです」
「だって、杏…今、俺に出会いたく無かったと言ったぞ?」
「…先輩に出会わなければこんな気持ちにならなくて済んだんです」
「…こんな気持ち?」
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