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妄想と願望
「ムー君といつも一緒にいられる様に転校した!!!」
「「「…えっ!!?」」」
俺は…、いや、俺達は耳を疑った。
暫しの沈黙の後、俺、杉田君、慶斗の三人が絶望の表情で加藤の馬鹿顔を見ながら声を揃えて嫌そうな疑問符を発声した。
・・・別に俺は加藤の事が嫌いな訳じゃない。
嫌いじゃないけど、こんな奴と四六時中一緒と考えたら…疲れる訳で、中学時代の悪夢を再び経験するとなれば胃が痛む。
今、思い返せば中学時代の加藤の行動は間違えなくストーカーだったし、変態だった。
「……」
思い出が脳裏を過ぎり俺は肩を落とした。
あの様な行為を高校生になった今からまた経験するのは、ちょっと・・・遠慮したい。
中学時代、俺の体育着や水着、その他色々な物がよく紛失していた。
これは間抜けな俺が単に物を無くしているだけと思っていたが、この摩訶不思議な現象は高校になってからは無くなった。
縦笛のケースが半開きになっていた事もあったな…。
友達を疑いたくは無いが…、今となっては俺は犯人を加藤だと思っている。
「加藤…」
「ん?」
「中学時代、俺の水着を盗んだ犯人って…お前だろ?」
「なっ!!?あ…や、やだなぁ〜ムー君、何言ってるの?」
明らかに動揺して視線を泳がせながら口笛を吹き始めた加藤を見て思った。
絶対にコイツだ!!...と。
そして杉田君、慶斗はもちろん、舎弟の浜田君までもが軽蔑の眼差しで加藤を見ていたのは説明することも無い。
中学時代の加藤との出来事は物品紛失だけじゃない。
目が合うたびに“むーくぅん♪”と大きな声で呼ばれでは人前で抱きつかれるし、スキンシップというかセクハラが激しいのだ。
昔から慶斗も加藤も俺へのスキンシップが多かったが加藤のアレは今思えばあれは明らかにセクハラだ。
慶斗のスキンシップは遊びの延長でイヤらしさが無く、俺も笑っていることが多かったが加藤の場合は何ていうか卑猥な感じがして男同士だけど触られる俺も恥ずかしかったのを覚えている。
特に加藤は慶斗がいない隙を狙って俺に触れてきてはシャツ越しに胸…っていうか乳首を触ったり、他にも色々と恥ずかしい事をしてきた前科者だ。
あの頃は加藤がエスカレートする前に何だかんだで慶斗が助けてくれたっけ…。
昔の記憶を遡る度に深い溜息が漏れた。
現状は、ただでさえキングや杉田君と言ったバイオレンスな不良で色々な意味で凄いキャラクターに挟まれて大変なのに、平穏な学生生活を願う俺の日常に加藤、さらには浜田君まで乱入してきたらヤバイって、マジで毎日が超ドタバタになる。
俺と、何故か杉田君まで言葉を失っていると、昔から俺の保護者的存在だった慶斗が眉間に皺を作りながら加藤に質問した。
「転校ってマジ?今日から登校?加藤、何組?・・・俺としては違うクラスって事を願うのだが…」
「ムー君と一緒のクラスが良い!!」
「はぁ?歩夢と一緒のクラスが良いって…それは、ただの願望だろ?実際は何組なんだよ?」
すると暫く沈黙が続き、加藤と浜田君が顔を見合わせた。
そして浜田君が一歩前へ出た。
「すみません、・・・嘘なんです」
「「「はっ!!?」」」
浜田君の一言に俺ら3人は理解出来なかった。
「うそッ!?」
「・・・はい。本当に転校出来ればどんなに幸せだった事か…」
浜田君は申し訳無さそうに俺を見る。
「すみません歩夢先輩、暴走した加藤さんの妄想って言うか、願望でして…本当は転校なんてしていません」
「妄想!!?」
俺が声を上げると加藤が申し訳無さそうに口を開いた。
「ムー君、本当はムー君と同じ高校に通いたいよ!だけど…」
「だけど?」
「俺が波工の編入試験に受かると思う?」
「「「・・・・」」」
何て答えを返して良いかわからず俺ら波工3人組は言葉を失ったままだった。
黒川高校は分校、白川高校と並ぶ程の不良名門校で受験は名前さえ書けば誰でも合格出来るってレベルの学校だ。
俺達の波山工業高校もそんなには頭の良い学校では無い。
むしろ、どちらかと言えば馬鹿高校の部類に入るかもしれないが、黒高や白校に比べれば賢い学校だと胸を張って断言できる。
そうか…、黒高から波工に転校ってのは難しいのか。
加藤の転校が真実では無いと知って、杉田君も慶斗も安心した顔をしていた。
加藤がバカで良かった。
ドタバタ学生ライフというトラブルが回避出来たという事に俺も胸を撫で下ろしたが、心の奥底では少しガッカリした様な…不思議な感覚だった事は秘密にしておく。
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