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ただいま、世界

思い出すのは時間が止まる少し前。泣きそうな顔でこちらを見ていた家庭教師の姿。右腕の絶叫、親友のわらっていた顔。胸の痛み、視界を邪魔する白い光。大好きな人の悲鳴。かなしまないで。朦朧とした頭でそう願った。

目を開いてもそこは暗闇の中。漠然と状況は把握できている。強ばって軋む腕に力を込めて、黒い棺の蓋を押し上げた。噎せ返る花の匂いに目眩がする。夢から覚めるみたいに目映い光の後、懐かしい世界が姿を見せた。雲一つない青空を味わってからゆっくりと体を起こす。草むらと木々の緑が一面に広がっている。
(あぁそうか、死ぬことが怖くなかったのは)
固まっていた体を解すように手足を曲げ伸ばしする。革靴で足下の緑を踏みしめると青々とした独特の臭いが広がった。森の向こうに見えた人影に思わず口の端が緩む。遠くて近い昔と変わらない、忘れられない姿。柔らかそうな銀色の鬣、優しい色を湛えた若草の瞳、きれいな紅い炎の使い手でピアノが得意な俺の親友にて右腕。肩を落として歩いてくる彼は俺にまだ気づいていないようだ。

「獄寺君」

久しく使っていなかった喉から出た声は掠れて音になっていたかさえ定かではないけれど、彼には届いたらしい。ばっとこちらに向いた顔が、俺の姿を見つけるといろんな感情をない混ぜにした複雑な表情を作る。顔をぐちゃぐちゃにした彼と俺の距離は一気に縮まって俺はぎしぎしと体があげる痛み悲鳴を無視して両手を広げた。大丈夫だよ獄寺君。そんなに焦らなくてももう俺は胸に紅い花を咲かせて倒れたりしないから。そんな思いを口に出すのは野暮な気がしたから代わりに「ただいま」とできる限り大きな声で叫んだ。俺の腕の中に到着した彼は顔を胸に押しつけて情けない声を上げて泣き出す。背中に回された手はしっかりと俺を掴んでいてちょっとだけ苦しい。「おかえりなさい、じゅうだいめ」嗚咽混じりの祝福に「うん」と小さく頷いた。

「待たせてごめんね」



ただいま、世界


(未来捏造。甦りボンゴレボス綱吉とその右腕。)





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