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知らなければ傷つかずに済んだかな (マーモンとルッスーリア)

とんとんとん。キッチンから聞こえる包丁を動かす音。規則正しいリズムが心地よくて読んでいた本から顔を上げた。手伝う?とは訊けない。絶対に邪魔になるのは知っている。そもそもこの小さな手でどうやって包丁を持てと言うのか(まぁ持てないこともないのだけれど。だって僕は最強と謳われるアルコバレーノだ)。そんなことを考えながらキッチンに行ってみると作業は次の段階に入ったようで音の主であるルッスーリアは人参を花形に切っていた。
「器用だね」
素直に感想を口にすると「こんなのは慣れよ」と大したことではないとルッスーリアが答える。口に入ればみんな同じなのに無駄なことする、と昔は思っていた。最近は少し違う。「味がいいのは大前提だけどさ、見た目の工夫されたもののほうがいいに決まってんじゃん」と前にベルが言っていたことを思い出す。ルッスーリアの作る料理は見た目も綺麗で彩も鮮やか、味も三ツ星の文句無しだ。一度美味しいものを食べてしまうともう知らなかった頃には戻れない。それまで満足できていたもので満たされなくなる。
「どうしたの?」
黙りこくった僕を不審に思ったのか、ルッスーリアが此方を伺う。サングラスの向こうの瞳は母親が小さな子どもを心配するように揺れているのだろう。以前は不快だったはずのそれが自分を思いやってくれているのだと気付いてからは不思議と嬉しく感じている馬鹿な僕。つくづくヒトというのは欲深い作りになっているんだなぁと呆れてしまう。
「ちょっと考え事をしてただけだよ」
「そう」
「ねぇ幸せを知らないのと、知ってしまって届かないときに後悔するのと、どっちがいいのかな」
僕の問いかけにルッスーリアは困ったような笑みで応えた。



知らなければ傷つかずに済んだかな


(マーモンとルッスーリア。)




あきゅろす。
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