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秋田の古獣――ナマハゲ――
 ちょっといきなりカミングアウトしていい?
 まあ「嫌だ」って言われてもカミングアウトしたいから言うけどさ。
 実は僕――
 
 「ナマハゲ」なんです。

 ……。
 うん、そのリアクションで正しいと思うよ。
「何言ってるんだこいつ」みたいな。
 それはわかってたことだし。想定内中の想定内。
 でもしょうがない。だって本当にナマハゲなんだから。
 僕自身も信じられなかった。というか誰が朝起きたら「ナマハゲ」になってるなんて想像できる?     
 僕はできなかった。
 とりあえず焦った。あれは焦ったというどころの話じゃないかもしれない。気づいたら誰にも見つからないように外に出て――。
 この誰もいない神社にたどりついたってわけ。
 もう神社に住み着いてからもう一週間。この神社での暮らしは思ったよりつらいものではなかった。 驚いたことにナマハゲって腹も減らないし、のども渇かない。とりあえず人間の三大欲である食欲、性欲、睡眠欲はないらしい。
 だって人間じゃないもの。 ナマハゲ
 みたいなかんじなのだ。
 そんな神社生活にも慣れてきた僕はいつものように賽銭箱の手前の木造の階段に腰を下ろしていた。
 はあ〜。今日も平和だねえ(僕を除いて)。
「そうですね〜」
 何者かが僕の独り言に返事をした。
 ふと横を見た。女の人だった。しかも白衣に赤い袴――。
「巫女さんだ」
 おもわず声に出してしまった。
「そうですよ。こんにちは。ナマハゲさん」
「あ、どうも」
 普通に挨拶を返してしまった。
 って何でこんなところに巫女さんが?
「ここは神社ですから。それよりナマハゲさんがここにいるほうが不自然です」
 その通り! ここで大事な大事なあたっくちゃ〜んす!
「……ナマハゲさんが壊れた」
 そりゃあ、壊れた結果ナマハゲになったんだからしょうがない。
「そうなんですか?」
 違うと思うけど、なにかしら発言をしないとこの後の展開がきついので簡便して欲しい。
「まあいいや」
 そういって巫女さんは袴から何かを取り出した。
 おにぎりだった。コンビニとかで売ってる奴。そもそも袴ってポケットついてるんだな。これはひとつ勉強になった。ただしナマハゲとして生きていくには絶対に必要ないだろうが――。
「あむっ」
 もぐもぐもぐ。
 巫女さんはおいしそうにおにぎりをほうばる。
 じ――――――。
「ん?」
 じ――――――――――。
「あのそんなに見つめられると食べづらいんですけど――」
「いやおかまいなく」
「あの……まだおにぎりあるんですけどおひとつどうですか?」
「いや、私はおなかがすかないので、気持ちだけありがたくいただくよ。お嬢さん」
「なっなんでいきなり、紳士ぶってるんです?」
「まあいいから食べたまえ! ふははは。さて乗馬の時間だ」
「えっ本当に紳士なの? 人は見かけによらないって本当ですね」
 人じゃなくってナマハゲだっての! っていうかこの神社のどこに馬がいるんだよ。
「ってことは……騙したんですか! ナマハゲさん!」
 これも騙すうちにはいるんだろうか? 
「ひどーい」
 巫女さんは頬を膨らませた。なんか本当におこってるっぽいぞ。
「もう、うそつきは泥棒の始まりですよ!」
 なんとナマハゲの次はどろぼうか。さすがにこの年で前科がつくのは痛い。よしここはこうだ。
「あなたの心です」
 …………。
「いや、わけわかりません」
「うん僕も」
「……もういいです」
 巫女さんは半ばあきらめムード。
 そのあと僕は何も話さなかった。そして巫女さんも何も話さなかった。
 その状態が暫らく続いた。
 すると急に右肩にすこし何かが乗っかってきた。
 巫女さんだった。
 巫女さんの長い髪が僕の右手にかかる。
 そう巫女さんは僕の肩に寄りかかってきたのだ。
 何をしていいかわからなかった。
 とりあえず巫女さんの顔をよく見てみる。
 よくみるとすごいかわいい顔をしていた。
 ぱっちりとした二重まぶたに泣きぼくろ――。
 ん? この泣きぼくろ。
 え……。ま、まさか。
「後藤さん?」
「えっ? なんで私の名前知ってるんですか?」
 ビンゴ。
 こんなことがあっていいいのだろうか?
 ここにいる巫女さんは僕のクラスメイトだったなんて――。
 普段は制服の彼女しか見たことなかったし、しかもいつも眼鏡にポニーテールのはずなのに……。
 今日の後藤さんは眼鏡をかけてないし、ストレートヘアーだし、そして何より巫女の格好だし……。
「ねえ、ナマハゲさん。なんで私の名前知ってたの?」
 頭を僕の肩に押し付けたままで彼女は聞いた。
「いや『ゴドーさん』っていったんだよ」
「何それ?」
「DSのソフト『逆転裁判3』のキャラクターだろうが! 決まってるだろうが! 常識だろうが!」
 っていうか無理やりすぎないか?
「そんなだろうがだろうが言われても」
 だよなあ。
「あの……」
「ん?」
「お名前なんていうんですか?」
「そういえばミニ四ファイターって今なにしてるんだろうなあ」
「って聞き流してるし!」
 本当にびっくりした顔でこっちを見てる。
 名前か……。
 というかここで俺の本名を言うと……まずい。なぜならクラスメイトだからだ。
 しかもよりによって後藤さんは話したことがないにしてもなんとクラスが二年間一緒なのである。
 いくらなんでも僕の名前ぐらい覚えているはずなのだ。だからここで本名を言うわけにはいかない。
「ナマハーゲ・T・マルゲリータと申します」
「外人さん? しかもなんかイタリアくさい!」
 おもいっきり偽名です。はい。
「じゃあ名前長いから縮めて……ナマハゲさんって呼ぶね!」
 呼び方かわってねえ……。
「で、ナマハゲさん。ナマハゲさんは何しにこの神社に?」
 巫女さん、もとい後藤さんは僕の肩に乗っけていた頭を上げて立ち上がる。
「僕は……海がみたいなって思って」
「ここ神社だよ。それにここ群馬県だから海ないし」
「まあそれは冗談として、お参りにきたんだ」
 冗談の上に嘘を塗り固めてしまった。
「ふ〜ん。ここの神社ご利益あるからね」
 そうなんだ……。
「実はね、私も神様にお願いに来たんだ」
「へえ、それはいいこころがけだね」
「うん、実はね……私のクラスメイトで最近全然学校に来ない子がいてね」
 急に僕の目の前が真っ白になった。誰か僕をポケモンセンターへ!
「その子が学校に来ますようにってお願いするんだ」
 いやまてまて。いったん落ち着こう。僕をポケモンセンターへ運ぼうとした人もいったん手を休めて欲しい。それは僕のことだとは限らない。別に学校に来なくなった生徒がいることなんてそうめずらしいことじゃない。だから別の人のことかもしれない。そうだきっとそうに違いない。
 後藤さんは腰かけていた階段を上がり賽銭箱の前に立った。
 賽銭箱にお金を入れ、鈴を鳴らす。
 そしてぱんぱんと手を叩く。
「伊集院くんが学校に来ますように!」
 伊集院……。それ俺じゃん! 僕のクラスでは僕以外に伊集院っていう苗字はいない。というか回りに僕以外の「伊集院さん」を見たことがない。
 よし、僕をポケモンセンターへ運んでくれ! ひんし状態を通りこしてもう土に返りそうな勢いだ。
「これでよしっと」
 後藤さんは階段を下りた。
「よし、じゃあ私帰るね」
 そういって後藤さんは鳥居の方に向かう。
「あ、あのさ!」
 僕の呼びかけに後藤さんは振り向いた。
「何で巫女服なの?」
 自分ながらなんて間抜けな質問。
「ここ私んち。だから私は自分の家の家業を手伝う立派な巫女さんなのだ!」
 後藤さんは笑っていた。僕が今まで見たこともない笑顔だった。
「じゃあね。ナマハゲさん。夜はちゃんと寝なよね。そこに座りっぱなしじゃ体に悪いよ!」
 そして後藤さんは姿を消した。
「つーか見られてたんだな」
 誰もいない神社で僕は一人つぶやいた。
 その夜は僕は眠ることにした。
 賽銭箱の奥のほうにあるスペースはちょうど寝るのに最適だった。
 眠ることができるか不安だったが、意外と早く眠りについた。
 意外と神社ってあったかいんだな。
 今、冬のはずなのに――。
 今、外にいるはずなのに――。
 なんだかまるで家の中にいるように――。
 なんだかまるで布団で寝てるかのように――。
「あったかい」
 僕は眼を開けてみる。
 そこは見慣れた僕の部屋で、それは家の中で、僕は布団に寝ていた。
「ゆ、夢オチ?」
 そんな安易な! いまどきそんなことがあっていいのか。
 僕は部屋を出る。
 そしてリビングにいた母親と遭遇した。
「あ、あんたどこいってたの! 一週間も家帰らないで!」
 ……そう簡単に夢オチにはしてくれないみたいだった。

   ◆◆◆

久々の学校はなんだか新鮮だった。
 一週間いなかっただけなのに――。なんだかもう卒業した学校に来たみたいな。そんな感じ。
「伊集院くん!」
 後ろから呼びかけられた。
 そこに立っていたのは巫女さん……じゃなくって。
「一週間も学校休んでたからみんな心配してたよ」
眼鏡にポニーテールのクラスメイト。僕がナマハゲになる前にみた後藤さんそのものだった。
「じゃあ私先に教室行くね」
 そう言ったと思うと後藤さんは僕の耳に口を近づけた。
「お先に。ナマハゲさん」
 彼女は僕の耳元でそう囁いた。
 そういって彼女は教室に向かって走り出す。
 僕はそれを見ながら呆然としていた。
 そして僕は思った。
 もう一回、ナマハゲにならないかな、僕。   (了)


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