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真面目以上不良未満
 みんなで歌おう。心を一つにして

 音楽室から聞こえる合唱。歌われている曲は『マイバラード』。合唱曲の定番だ。
 歌っているのは二年四組。僕のクラスだ。
 僕は屋上で自分のクラスの合唱に耳をすませていた。
 なんで僕がこの合唱の輪の中に加わっていないか。
 それは僕が屋上にいるという段階でわかって頂けるだろう。
 そうサボりです。
 正解です。
 クラスのみんなが心をひとつにして歌っているところを僕は一人で屋上でサボッてます。
 見事正解です。それでは青の9番が緑にかわります。さあこれでアタックチャンスにどう影響するかが楽しみです。
 ……おっと取り乱した。ごめん。
 授業中に屋上になんかいる僕を不良と思う人もいると思う。
 しかし答えは否。
 僕は朝は誰よりも早く学校にくるし、課題はきっちり出す。週末には上履きを持ち帰ってちゃんと洗うし、ベルマークを集めて学校指定の箱の中にそっと入れておくのも忘れない。
 もちろんゲーセンになんかいかない。だって本当の不良がいるからだ。あんなカツアゲされに行くような場所にわざわざ行く意味がわからない。
 僕が引っ越す前、つまりこの中学校に来る前の学校にいた不良はこんなもんじゃなかった。校庭中をバイクで乗り回すわ、バットで窓ガラスを割るわ、教師の車に傷をつけるわ、それはもう手がつけられない状態。
 当然授業なんて成り立つわけがなく、先生はただ黒板に向かってぶつぶつ何かを言っているだけで、不良らが授業中麻雀をしようが漫画を読もうが注意の一つもしなかった。
 そうなってくると不良じゃない普通の生徒も授業をうけなくなっていた。
 比較的真面目なやつは図書館にいって勉強なり、読書なりをしていた。
 そして僕みたいに特に真面目じゃないけど不良でもないやつは学校の屋上や使われてない特別教室でくっちゃべっていたのである。
 僕はそれが普通だと思っていた。
 全国の中学校がこんなもんだと思っていたのだ。
 しかしいざ親の転勤でこの中学校に転校してきてそれは間違いだと気づいた。
 生徒が全員教室の自分の席に座り、授業中は静かにしている。私語があった場合はみんなの前で注意される。そんなことは前の学校ではありえないことだった。
 そして僕が転校してきて一週間がたったころ、僕はなんとなく気分がわるかったので休み時間に屋上に行き、授業中そこで過ごした。
 そして僕が教室にもどるとクラスのみんなの僕を見る目が変わっていたのだ。
 そう、僕は不良のレッテルを貼られてしまったのだ。
 ただ休み時間に屋上に行って授業中をそこで過ごした。ただそれだけ。
 たったそれだけのことで僕はこの中学校の不良になってしまったのだ。
 その日のうちに担任の先生と面談があった。
 彼はおそるおそる僕に接した。
「何が不満なんだ」とか「悪いことは決してかっこいいものじゃないんだぞ」とか僕がこれっぽっちも思ってはいないことをあたかも「自分はわかっていますよ」と言った感じに先生は話した。
 もうそうなると普通の生徒になることは難しかった。
 クラスのみんなは何やら怖がっている様子で僕を見るし、先生の態度もクラスのみんなに向けるものと僕に向けるもので分けるようになった。
 僕は学校に行くのが嫌になった。
 いっそのことふっきれて不良の真似をしてみようか。
 そんなことを僕は寝る前にベッドの中で考えていた。
 翌朝、僕はそのことを実行に移した。
 まず授業に出なかった。(しかしサボった部分の自主学習は怠らない)
 掃除にも出なかった。(放課後に掃除用具入れの整理整頓をすることは忘れちゃいけない)
、髪色を染めてみたりした。(近くの薬局でブリーチを買うのは恥ずかしいから四駅先の薬局で購入)
 これで学校の生徒は俺を不良と完璧に認識してしまったのだ。
 そしていつものように屋上でサボり。
 それにしても『マイバラード』か。歌詞覚えるくらいはしとかないとな。ネットに歌詞載ってればいいんだけど。
 僕はそんなことを考えながら携帯のアプリゲームをして時間を潰していた。
 まったく、授業に出ていたほうが時間が早くすぎるのに。
「竹井くん」
 誰かが僕を呼ぶ声がして僕は起き上がった。
「こんにちはー」
 僕はその人物に見覚えがあった。
 声の主は学級委員長の小山内さんだ。
 肩まで伸びたさらさらのストレートヘアに上品に通った鼻筋。銀縁の眼鏡が彼女の知的さを後押しする。典型的な委員長タイプの女子だ。
「小山内……」
 不良キャラなのでもちろん相手の名前を呼び捨てにする。
「あっ私の名前覚えてくれてるんだ。うれしい」
 彼女は笑った。僕は彼女は笑ったときに右ほほに笑窪ができるということを初めて知った。
「何のよう?」
 そもそもうちのクラスは音楽室で合唱中のはずだが。さすがに委員長がサボるのはまずいだろ。
「竹井くんに用があって」
 そういうと彼女は一枚の紙を取り出した。
 その紙に書いてあったのが――
「進路希望調査?」
「そうだよ? その紙提出してないの竹井くんだけだから」
 僕は紙を見つめる。
 第一希望、第二希望、第三希望それぞれ空欄になっていてそこに希望する進路を記入するらしい。
 不良ってこういう時なんて書くんだろう。
 ……思いつかない。
 いっそのこと本当に自分のなりたいものを書いとくか?
 僕のなりたいものか……。

 第一希望 獣医さん
 第二希望 お花屋さん
 第三希望 ぬいぐるみやさん

 ……さすがにこれは書けない。親にもまだ打ち明けたことないのに!
「筆記用具持ってきたから書いて」
 そういって彼女はシャープペンを渡してきた。
「これって」
「うん? 私のだけど?」
 そう言われたとき思わず手に持っているシャープペンを落としそうになった。
 今まで小山内さんが使っていたシャープペンを僕が握っている。
 頭が急に真っ白になった。
「竹井くん? おーい竹井くん?」
 その声に我に返った。
「どうしたの。竹井くん」
「いや、俺、将来のこととか決めてねえし」
 うん、不良だからこんな返しでいいだろう。ちなみに不良キャラなのでもちろん一人称は『俺』だ。
「そうか。竹井くんは将来のことをきめてないのかあ」
「小山内は決まってるの?」
「うん! 私宇宙飛行士になる!」
 彼女は僕の目を見つめていった。
 僕は即座に目線をはずす。不良キャラうんぬんじゃなくって単純に恥ずかしかったのだ。
「あー。今馬鹿にした」
「しっ、してねえよ」
「うそ! 今目そらしたもん」
 それは僕が純粋でシャイでピュアな男の子だからです。
「絶対なれるわけないって思ったでしょ?」
「いや別に」
「女だからって宇宙飛行士になれないわけじゃないよ。実際に日本人の女の人で宇宙行った人いるんだよ?」
「ムカイチアキさんか」
「すごーい。よく知ってるね。不良なのに」
 だから僕は不良じゃない。
 そう口に出そうとしてやめた。
「……嘘だよ。ごめん不良なんて言って」
 彼女は僕の頭を撫でた、
「わかってるよ。竹井くんが不良じゃないってこと」
 そういうと彼女は腕まくりをした。彼女の左腕には黒い蝶々が描かれていた。
「さわって」
 彼女は僕の手をとって腕の蝶々を触らせた。彼女の腕はすべすべしてて、そしてやわらかかった。
「シールじゃないんだよ」
「じゃあ本物の……」
「そう。タトゥー」
 彼女は僕の手を握ったまま言った。
「私も転校してきたの。前の学校が相当悪い学校で、しかも私その中でもそうとう悪かったのね?」
 彼女は僕の手を握っては放し、握っては放しを繰り返す。
「けどずっと悪い人たちと一緒にいることにつかれてたんだ。自分の意思で行動してなかったし、ただ中のいい友達が悪い連中と付き合い始めて、その関係で私もって感じで」
 彼女は遠くの景色を眺めながら言った。見ている方向に前の学校があるのだろうか。
「けどこのままじゃだめだと思ったのね。本当に駄目な人間になっちゃう。それだけはいやだった。だから苦労して今まで一緒に行動してた人たちと縁を斬って、ここに引っ越してきたの」
「そうだったのか」
「だから竹井くんが不良っぽくなって行くの見ててすぐにわかったの。あー無理してるなーって」
 彼女はそういうと立ち上がってスカートについた砂を払った。
「本当はね。別に進路希望の紙を渡しにここにきたわけじゃないんだ。それ渡すの別に授業中じゃなくてもいいでしょ?」
 確かに。もっと言うと委員長直々に持ってきてもいいと思うし。
「私はね。竹井くんに言いたいことがあってきたんだ」
「僕に?」
 一人称が『俺』から『僕』に変わってしまっていた。
「私はあなたが嫌い」
 ワタシハアナタガキライ。
 誰が? 小山内さんが。
 誰を? 僕のことを。
 どう思っている? 嫌い。
「無理してる竹井くんが嫌い」
 彼女は言った。
「前の学校の時の私を見ているようだったから」
 彼女は僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「へんな頭」
 彼女は笑った。
「よしてよ」
 僕は頭を元に戻そうとする。
「染め残しもあるし」
「マジで?」
 また四駅先の薬局までいかないとダメなのか。
「ここで私が竹井くんを好きになる条件をお教えします」
「……え?」
「それはずばり元の竹井くんに戻ってくれるってことです」
「えっと……はい?」
「だからさ……戻ってよ! あの時の竹井くんに! はいはい約束!」
「約束?」
「そう元に戻るって約束する」
 彼女は顔を僕に近づけた。
「いや、あの?」
「約束する!」
「あ、はい。すいません。約束します」
「よろしい。じゃあ私行くね」
 彼女はそういうと屋上を後にした。
 彼女のシャープペンは僕の手に握られたままだ。
 音楽室から聞こえる合唱はもう既に曲がかわっていた。

  I believe in future 信じてる

これまた合唱曲の定番『believe』。
 その合唱の声の中にさっきまでここで聞いた声が混じっていた。
 どうやら小山内さんが音楽室に戻ったらしい。
 
 僕は進路の希望の紙を飛行機にした。
 そして屋上からとばしてやる。音楽室からもれる合唱とまざりあった気がした。
 僕の不良キャラとしての最後の行動は終わった。これからぼくがすることはこのシャープペンを持ち主に返しに行くことだ。
 それにしてもあの時小山内さん「あの時の竹井くん」とかって言ってなかったか?
 どういう意味だろう。
 ……まあいいや。

     ◇

「どうしたの。小山内さん。授業中にいなくなったりしてさー」
「いや、ちょっと気持ち悪くなっちゃって。ほらテスト近いじゃない。だから寝不足で」
「まったくー。小山内さんは真面目だなー。無理しないでよ」
「ごめんね。ありがとう。あ……そうだ私先生に呼ばれてるんだった。職員室に行かなきゃ」
「委員長は大変ねえ。じゃあ先に教室行ってるから」
「うん。バイバイ」
 手を振ってクラスメイトは去っていった。
 それにしても覚えてなかったか……。それもそうだよね。接点なかったもんね。それに私も名字かわちゃったし。
 私はいつも持ち歩いてる手帳に挟まってる写真を見る。
 それは私が前のいた学校のクラス写真。
 茶髪集団の中、変顔でダブルピースサインを決めてる私。
 その集団から離れて黒髪で控えめな笑顔を浮かべている竹井康明がいた。
 ずっと気になってた男子だった。
 だけど彼は私達の集団から離れて生活してた。
 だから話すこともなかった。
 そのまま私は親の離婚を期に転校した。
 別れの言葉も言えずに――。
 だけど奇跡っておこるものなんだ。
 まさか私の転校先に偶然入ってくるとは。
 しかも不良になって私の前に現れるなんて。
 「それにしても宇宙飛行士か。何言っちゃってるのかな私」
 何も考えずに屋上に行って竹井くんに話しかけて――。
 たまたま手帳に進路希望調査の紙がはさまってたからよかった。
 それがなかったら私何もしゃべれなかった……。
 私は職員室へと向かった。
 先生に呼ばれてるなんてもちろん嘘。
 本当の目的は進路希望調査の紙をもらいに行くためだ。
 竹井くんに渡してしまったから私の分がないのだ。
 進路希望調査の紙をもらったらすぐに教室にもどらなくちゃいけない。
 なぜなら竹井くんから私のシャープペンを受け取らなきゃならないのだから。   (了)

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