短編駄文
紅
あなたからの愛情のない、たった一人の舞台みたいで。
もう耐えられないの。
私の中でもっとも輝いているあなたとの記憶が…。
あなたは走りだす。
何かに追われるように。
私のことが見えないの…?
すぐ側に居るのに。
「私…圭ちゃんのことが大好き。」
「…レナは知ってたよ?」
「あ…やっぱり…?えっと、いつ頃から…?」
「最初から…かなっ。かなっ。」
こめかみをポリポリと人差し指で掻きながら魅ぃちゃんは罰が悪そうに苦笑する。
そっと頭を撫でてやりながら抱き締めてあげると魅ぃちゃんはぎゅっと抱き返してくれた。
その「抱き返す」の意味が私の求めるものとは違うことはずっと前から分かっていたから、もう大丈夫。
慣れた。
「魅ぃちゃんは…どうしたいのかなっ?かなっ?」
「…私…言いたいよ…心の中にいっぱい溜まった言葉…もう言っちゃいたいんだよ…」
「…そっか。」
何故か、世の終末を感じた。
これが…絶望という感情?
「レナはどう思うワケ…?おじさん間違ってるかなぁ…?」
「レナは間違いも正しいも無いと思うなっ。魅ぃちゃんの気持ちなんだから魅ぃちゃんの気持ちに従えばいいの。」
「え…レナ…どうしたの…?」
「だから!魅ぃちゃんは圭一くんが好きなんだから圭一くんとお付き合いしてみればいいって言ってるの!レナには咎める権利なんて無いもの…!」
涙が…溢れた。
分かってよ、分かって…
どうして分かってくれないのッ!?どうしてどうしてどうしてどうして!?
「ごっ…ごめん…おじさんが弱々しいからだよね…気をつけるよ…」
違う。なんッにも合ってないッ!!
「…レナ…もう帰るね…」
魅ぃちゃんの部屋を出る。おじゃましました、とだけ告げて。自分でも信じられないくらいにしっかりしたテキパキとした挙動で帰路につく。
少しずつ大きくなった感情。
嫉妬 憎悪 愛情 愛憎 嫉妬 嫉妬 愛憎 愛情 嫉妬 愛欲 博愛 嫉妬 嫉妬 愛情 嫉妬
自分が嫌になるくらいにどす黒く染まり目の前にカーテンがかかる。
「…ぅッ…!」
視界が一瞬暗転して気付けば私はしゃがみこんでふらふらと左右に揺れていた。
「魅ぃちゃんッ…魅ぃちゃんッ…」
愛してる。笑顔、髪。
愛してる。香り、声。
愛してる。元気、涙。
愛してる。甘さ、体。
愛してる。貴方の心。
「はぁッ…はぁッ…」
呼吸って難しい。
「はぁ…はッ…うッ…!!」
あれ、違う。吸って、吐いて。
「うッ…くぅッ…」
喉に何か詰まってるかのような、痛みと閉塞感。
「うッ…うぅ…うぅぅぅ」
「レナっ…」
「レーナッ…」
「ごめんね…」
…何か聞こえる。
魅ぃちゃんの声に似てる。
「レナ…」
「…えっ…」
そっと目を開くと大好きな魅ぃちゃんが居た。
その前に目を開いたと言うことは私は今まで寝ていた。
そして起きたら魅ぃちゃんが居るという事は…学校?
辺りをきょろきょろと見回すがあまり見覚えが…ないわけでもない。
「病院…?」
「…そうだよ。」
…漸く少しずつ思い出してきた。
魅ぃちゃんの相談に乗ってて、気分を悪くした私が飛び出して、そこで…なんだか苦しくなって…気を失った?
「レナ…ごめん…おじさんが悪かったよ…」
「…何がかなっ…かなっ?」
「私…圭ちゃんを諦める。」
え…それって…?
もしかして…やっと私の気持ちに…!?
「だから…レナ、圭ちゃんはレナが愛してあげなよ…」
…違う。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
「違うよ…違うの魅ぃちゃん…!!」
「いいって…もう、決めたから…」
魅ぃちゃんの目から光は消え、身体は震えていた。
「そうじゃないの…レナが好きなのは…!!」
…それを言って、どうなる?
魅ぃちゃんは…好きな人を諦めた。
こんなに震えているのに…。
闇の中に身を投じたのに。
私は…
私はずっと側に居れるだけでいい。
あなたと居れるだけで、幸せです…。
「レナは…魅ぃちゃんの味方だよ。」
「…え?なに…それどういう…」
「…味方なんだよ…だよ。」
その日に交わした会話がきっと、日常を保った魅ぃちゃんとの会話だった。
「…いらっしゃい、魅ぃちゃん。」
「えへへっ…あっ…あはっ…!!」
「レナぁ!!私わかったんだ!遂にわかったんだよ!」
「レナも私も救われる方法を思いついたんだ!」
…魅ぃちゃんはもう、ダメになっていた。
人としての在り方を失ってしまったのだ。
呼吸の仕方を忘れたあの時の私のように。
魅ぃちゃんもきっと、最初は呼吸がうまくできなくなったんだろう。
そして苦しんで、苦しんで。
挙げ句の果てに人としての在り方さえ、忘れてしまった、分からなくなってしまった。
「はい、どうぞ。」
魅ぃちゃんにお茶を出してあげるけど魅ぃちゃんはそれに礼を言うべきなのだと分からない。
いや、目の前に出されたお茶を認知できたかさえ分からない。
ただ目の前に何かが置かれたとしか理解できていないかもしれない。
もしかしたら目の前に何かが置かれたことさえ目に入っていないのかもしれない。
カエルは動かないものを「存在」として認知できない。
だから蛇に睨まれたカエルは動かないことで自分の「存在」を消し身を守ろうとするのだ。
勿論動かなければ「存在」を消せるだなんて考えているのはカエルだけ。
そのまま食われてしまう。
要するに魅ぃちゃんは苦しみ過ぎて壊れてしまって、カエルと同等かもう少しマシか…その程度の考えにしか至れないのだ。
「圭ちゃんが居なくなったらいいんだよ!そうすればみんな苦しくないんだよ!」
ほらね。
魅ぃちゃんの「みんな」は恐らくレナと魅ぃちゃん自身のことだけ。
圭一くんのことは蚊帳の外。
「レナも私も圭ちゃんが好きだから苦しいんだ!圭ちゃんが居なくなれば好きな人も消えるんだよ!ほら!おじさん、凄い!おじさんっ…凄いなぁ!」
訳が分からない。
「ね?レナはどうしたら圭ちゃんが消えるのかな?」
「私は圭ちゃん閉じ込めて明日居ないって言えば騒がれても大丈夫だと思うんだよね!」
「だってわかるわけ無いじゃん!居なくなった人が居るなんて分からないんだよ!」
「あははははははッ…!!」
目の前で楽しそうに、本当に愉快そうに笑い転げる魅ぃちゃんを見て
私は涙を止めることができなかった。
噛み締めた唇が痛い…痛い…痛いよ…。
私が魅ぃちゃんをこんなにさせたのだろうか。
魅ぃちゃんは優しくて甘くて。
自分のことなんかどうでもいいからまず周りを守りたいって、そういう不器用でおバカな可愛い女の子。
…私の大好きな人。
いくら変わっても、あの魅ぃちゃんがもう居なくても、私はやっぱり変わらず魅ぃちゃんが好き。
だからこそ…涙が止まらなかった。
「魅ぃちゃん…ごめんね…ごめんね…」
魅ぃちゃんが壊れたのは私のせい。
「なーんでレナが謝るのさ!悪いのは圭ちゃんだよ!」
なのに私が壊れないのは理不尽だ。
「圭ちゃんなんて消えちゃえばいいんだよ!」
魅ぃちゃんはもう涙を流せない。だからこうして
「あははッ…ぎゃははははははははははははッ!!」
必死に笑ってみせるのだ。だから「ふふっ…あははっ…」
私ももう涙を流さない。
「あはっ…ははははッ…!!」
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!
涙が止まった。
擦れ違う心は溢れる涙に濡れた。
「やめてッ…痛いよぉッ…!!レナッ…レナぁぁぁぁぁッ!!痛いぃぃぃッ!!ごめんなさいッ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさッ…いだぁぁぁぁぁぁッ…!!あぁぁぁあぁぁぁッ…!!」
紅に染まった私を
慰めてくれる人はもういない。
「あははッ…魅ぃちゃん…レナもね…壊れちゃった。壊れちゃったんだよ…!!」
もう二度と届かないこの思いを…
「あ…あぁぁぁぁッ!!魅ぃちゃんッ!!大好きッ!!大好きぃぃッ!!あははははははははははははははッ!!愛してるッ…魅ぃちゃん!!魅ぃちゃん!!魅ぃちゃぁんッ!!大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好きぃッ!!」
閉ざされた瞼に向かって
叫び続けた。
「あはっ…魅ぃちゃん…圭一くん…ごめん…なさい…」
紅に染まった私を
「あぁああぁぁぁぁッ!!許して…あはっ…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいぃぃっ…!!うわぁぁぁぁぁあぁぁぁッ…!!」
許せる人はもう、いない。
深い、深い、とてつもなく深い紅の中で私はただ、ただただ…泣いた。
「レナを…許します。」
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