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短編駄文
鍵探し

「詩音…」

初めてその名前を呼んだかのように…本当に本当に遠い名前に感じた。

そこに居るのに届かない。

何を言っても伝わらない。

救えない。

抱き締めても…頭を撫でてあげても。

伝わらない。
















「お姉…」

もう、限界だった。

それなのに…私は未だにお姉に心を開く準備さえできていなかった。

なんだか世界は変わってしまったみたいで、知らない間に見慣れた私の部屋は真っ赤に血塗られていた。

テレビから聞こえるのは何語かも分からない奇妙な声。

その謎の声に混じって遠くから

「詩音…」

そう、聞こえた気がした。

けれどきっと私の幻聴。

だから辺りを見回しても私の目には誰も映らない。

ふと現れた鏡を見るとその顔は酷く疲れきっていた。




















詩音の肩をそっと抱く。

何があったのか話して欲しいけど…もう、言葉は通じないから。

震える肩を優しく撫でてあげた。

私には何も分からない。

詩音が何故苦しんでいるのか。

詩音が何故怯えているのか。

「ねぇ、詩音…おじさんはね…詩音のこと、好きだよ。大好き。」

詩音の耳に聞こえているだろうか。

いや…多分、聞こえていない。

そう思うからこそ口に出せた言葉。

詩音のことを愛してる。

心から。

「詩音…なんでこうなっちゃったのかな…おじさん…わかんない…」

詩音の髪にそっと頬をあてて、目を閉じた。

詩音の不可解な、呪文のような呟きを聞き流しつつ…そっと。





















お姉を愛してる。

こんなに愛してるのに伝わらない。

伝える手段が無いから。

私は臆病。

お姉がもしかしたら私を嫌うんじゃないか、もしかしたら私を好きでは無いのではないか。

そう考えると胸が痛み気が狂いそうになる。

…既に狂っているかもしれない。

何故ならここに居ないはずのお姉の声が聞こえるから。

お姉は私を好きだと言ってくれる。

けれど…幻聴なのだ。

お姉は居ない。

私の願望が産んだ幻聴。

失いたくないが故に愛していると伝えられなかった臆病な私が産んだ妄想。

急に世界がぐらつく。

ゆらゆらと滅茶苦茶に揺れて…私の意識を朦朧とさせる。

首が熱い。

…お姉…。

















詩音がもう私を認知できないのなら。

私は生きる意味を失う。

生きる意味を失ったのなら…。

私は最期に大罪を犯そう。

苦しい。

けれど…生きる意味を失った私に死ぬ意味を与えて欲しくて

詩音の首に手をかける。

ごめんね…詩音。

自分が殺されかけていることにさえ詩音は気付かないみたいで、ただ目を細め息を詰まらせ…

人形のように力を抜いた。

…私は大罪を犯した。

それなら私は償わないと。

愛する詩音の為に私は…ベランダに身を乗り出す。

不思議と躊躇は無かった。

詩音…

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