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濾過
詩音とのおしゃべりに夢中で気付かなかった。
いや、気付いていたけど目を反らしてた。

―――そろそろ帰らなきゃ。

嫌だ…もっと詩音とこうしてたい。

外では既にカラスが鳴いており空は赤く染まっている。そろそろおいとましないと真っ暗闇の中を自転車の明かりだけで帰らなければいけなくなる。

「お姉。」

急に呼ばれたから詩音の顔を見つめると…どこか寂しそうで。

あぁ…多分気付いてるんだろう。今私が考えてたことに。

「ん?何?」

「今日…泊まっていきませんか?」

その言葉をどこかで待ってたし、嬉しかった。今日の詩音はどこか…いつもより私の事を更に引き寄せる。

「あ…ほら、外も暗くなってきましたし。どうせ明日も休みですから…」

実際は今から帰ればまだ間に合う。だけど…詩音も詩音なりに寂しがってくれてるんだろう。

「えっと…いいの?」

本当なら今すぐに泊まると返事をして詩音に抱きつきたい。

「勿論。…お姉が嫌なら帰ってもいいですけど」

すぐに返事をしなかったからかそっぽを向く。
やめなよ詩音…可愛いから。
「嫌じゃないよ!…ありがとう。そうするよ」

私と詩音はお互いに微笑み合って、それから一緒に夕飯の買い物にスーパーまで出かけた。

デートみたいでちょっとだけドキドキしたのは秘密。

それから詩音の部屋に帰宅して昼間は作って貰ったからと今度は私が料理を振る舞う。

いつもの掛け合いをしながらも美味しそうに食べてくれた詩音に心底胸をきゅんきゅんと締めつけられた。

テレビを見ながら一緒に馬鹿笑いして。

その後、詩音が先にシャワーを浴びてるとテレビよりシャワー室に興味を惹かれたりしつつも煩悩を振り払えば頭を抱えて。

シャワーからあがってきたバスタオル姿の詩音を見た瞬間には思わず凝視してしまったりして。

今度は私がシャワーを浴び終えて、詩音が用意してくれた下着とパジャマを着用すると詩音がいつも着てる衣服を私が着ていることに高揚しちゃったりして。

それからまた暫く二人でテレビを見ながら雑談したりして本当に楽しく過ごした。

この、二人きりの時間。

とても気持ちの良い時間で、幸せだった。



「しおーん!麦茶どこー?」

「歯磨き済ませたばかりじゃないですか…下から二番目です」

水で何回か濯げば平気でしょ…なんて言いつつ私は言われたところから麦茶を取り出し、コップに注いではすぐに飲み干す。

「ぷはーっ、潤うー」

「飲み過ぎてお漏らししないで下さいよ?」

「そん時は宜しく頼むよー」

そんな会話を交わしながら私は肝心な事に気がついた。

「あ…そっか…」

詩音は一人暮らしだ。勿論客人用の寝具なんて持ち合わせちゃいない。

それはつまり。

「しっ…失礼しまーす…」

今までも数回こちらに泊まったことはあったが最近は詩音が本家に泊まることの方が多かった。
泊まると決まった時は久しぶりにこっちで寝るんだな…となんとなく思っただけで後は詩音と夜まで過ごすことがひたすら嬉しかっただけだったが…意識し始めるとやはり恥ずかしいしドキドキしてしまう。

詩音は何食わぬ表情でどうぞと言いながら隣をポンポンと叩いているようだが…

シングルベッドに二人きりとはっ…!

自然に。あくまで自然にベッドの中へ入りこみ、そのまま外側を向く。

これはチャンスじゃないか。頑張れ魅音!詩音の方へ向き直るんだ!何を躊躇する必要がある!向け!向けーっ!

己の中でそう叫び言い聞かせてもやはり私の身体は外側を向いたままで。

「お姉…」

「何?」

あぁ…チャンスだった。詩音の顔を見つめたい。なのにやっぱり近いよ…

「こっち向いて下さい」

そっ…そんな…そっちを向くなんて卑猥なこと私にゃ無理無理…

「…お姉?聞こえてます?」

「はい。」

思わず敬語になる。なんで身体の向きを変えるってだけでこんなにドキドキしてしまうのか…自分でも馬鹿馬鹿しく思ったが恥ずかしいのだから仕方ない。

「もういいです。」

あ…諦めちゃった…何してんだ私は…!

なんて後悔してると背中に優しい柔らかな感触が伝わり、私の腹部と肩から胸を詩音の両手が押さえつける。

何の関節技を決められるのかと思ったがそれは関節技よりも破壊力のある秘技だった。

それは詩音流抱擁術。

「しっ…詩音?」

「なんですか?」

なんですかじゃなくて…!

「急に抱きついてきたから…」

「いいじゃないですか。何か不具合でも?」

…もしかして私があんたの事を好きだって知っててからかってる?

…そんな事は口が裂けても言えない。

「…別に」

精一杯の言葉だった。
もっと素直になりたい。
素直になって好きだって言いたい…

でもやっぱりダメ。きっと愛してるだなんて言っても正気じゃないと思われるだけ。

臆病な考え方の自分に少し嫌気が差した。

「今日のお姉…ちょっと変ですよ」

…やっぱりそうだよね。自然に振る舞わなきゃだなんて考えてる時点で変なんだから。詩音相手にバレないわけが無い。
詩音と抱き合ったことなんかいくらでもあるのに今更それを指摘するんだから…何か違和感を感じたはず。

言いたい。言いたい。
言えない…言いたい。
好きだって。
愛してるって。

「こっちを向いて下さい」

…やけにしつこい。私はこんなに悩まされてるのに。
もういい…赤面したって真っ暗だからあまり分からないだろう。
私は赤面を覚悟して詩音の方へ静かに身体の向きを変える。

「ん…!?」

急に唇が暖かくなって…ふんわりと柔らかな感触がして…

以前に感じたことのある感覚。それも最近だ。
…それはレナとの口づけだっけ。

あれ?でも今一緒に居るのは詩音で。

おかしいな…

目の前には目を閉じ、艶やかな表情で私に口づけをする詩音が居た。

唇がゆっくりと離れる。

これが夢か勘違いだったら気づいた時にはきっとがっかりするだろう。

でも、夢じゃない。

詩音が…キスしてくれた…?

「好きです。魅音。」

「…!?」

ただ言葉を失った。何故!?私の思いもよらないこんなサプライズ…どうやれば用意できる?
おかしい!…それって詩音…

「愛してます…魅音…」

再び私の唇は奪われる。知らぬ間に詩音の手が私の後頭部を支えており、ちょっぴり強引なキス。

こんな…こんなことって…!

「魅音…返事を聞かせて下さい」

スッキリした様な優しい表情で私に返事を求める詩音。
返事って…何だっけ?
何て言えばいいんだっけ…?
私が詩音のことを好きだって言えばいいんだっけ…?

「ごめんなさい…気持ち悪かったですよね…」

ううん!気持ち良かった。気持ち良かったよ詩音…!
そう伝えたいのに何故か唇はただ震えて。
緊張や驚きが私の唇を震わせて…まるで口づけによって麻痺したみたいになって…
「でも…仕方ないんです。お姉のこと…魅音のことが凄く好きで…自分でも分かってました。おかしいって。どうにかしてるって…。」

涙ながらに語る詩音はまるで私。さっきまでの…私。
…なんだ。結局双子はここまで似てたんじゃないか。
私の唇は状況を把握してきたのか安堵した様子で。ようやく震えるのを止めた。

「分かってるんです…それでも…好きなんです…魅音…」

大丈夫だよ。私は…私も…

「いやー…やっぱ私達双子だわ。」

「…へ?何を言って…」

…ずっとこうしたかった。今日一日中ずっと考えてた。
それが今…こんなに幸せな形で叶った。

「ひぅっ…!!お、お姉…!?」

「好き」

「え?」

「詩音、好き。」

無理矢理に強引に。要らぬ言葉を放つなと唇を奪ってやる。

ずっとずっと…こんな風にキスしたかった。

詩音の香りがする。
詩音の感触がする。
詩音の温もりが感じられる。

どんなにこの瞬間を夢見たことか。

強引に唇を奪ってやった後はゆっくりとその唇を離す。詩音がさっきした様に。
「お姉ぇ…お姉ぇ…」

あぁ…可愛いよ詩音。

「そのっ…詩音…?好きだって…本当?」

やっぱり確かめたくなる。わかってる。どんなに仲が良すぎる双子姉妹でもこんなキスは絶対しないから。

「そのっ…姉としてじゃなくて…園崎魅音…あなたが…好きです」

「私もだよ…詩音。好き。」

詩音は歓喜に満ちた表情で私の胸元に飛び込んできた。

そっか…結局私も詩音も同じことを考えて同じことで悩んでたんだね…

それが嬉しくて…今までの自分が馬鹿馬鹿しくて…レナを抱きかけた自分が情けなくて。

あぁ…なんで。

それならなんでもっと早くに気付けなかったんだろう。

気付けていたらあんな過ちを犯さずに済んだのに…

それだけじゃない。さっきもだ。

口づけされた瞬間、一瞬だけ…一瞬だけだけどレナとのことを思い出してしまった。

せっかくの詩音の口づけを…そんな形で受け入れてしまった。

さっきまでの歓喜はどこへやら…私の心は罪悪感でいっぱいになった。

「お…お姉ぇ…?」

あぁ…詩音…ごめん…ごめん…

「どうしたんですか…?」

伝えておかなきゃ。私の過ちと…今の気持ちを。
今そうしないときっと…後悔するだろうから。

「詩音。」
「はい?」

幸せそうな表情。
詩音のこんな表情を…私は歪ませることになるんだろう。

「私…レナを抱きかけた」

「…!?…どういう…こと…ですか。」

そんな顔本当は見たくない。なんて複雑な表情をしてるんだろう…ごめんね詩音。
でも…過ちを…聞いて欲しい…

「レナに好きだって言われた。」

詩音の表情が…あぁ…どんどん悲しくなってくる…

抱き寄せようとするけどすぐに手を払いのけられてしまう。

「レナにキスされて…だけど私は詩音が好きだからって断った。」

「…それで…どうしたら抱きかけるなんてことになるんですか」

「その翌日…レナは"詩ぃちゃんの代わりでいいから恋人にさせて"…って…」

次々と私は真実を語る。早く終わらせたかった。詩音の表情がどんどん崩れていくのが悲しくて。

「それで、受け入れたんですか?」

詩音の表情は最早怒りも悲しみも宿さぬ、無表情になっていた。

「受け入れかけた。キスしてレナの胸を触って太ももから徐々に上へ滑らせて…そこで止めた」

詩音は涙を流した。
残酷だけど…真実だから。話した。
きっと…嫌われただろう。
仕方ない…私が間違い。私が間違いなんだ。私が…

「最低ですね」

「…ごめんなさい」

そう言われて当たり前だから…謝るしかできない。こんな私には詩音に好かれる権利なんて、無い。

「どうして…言ってくれなかったんですか…?」

「え?」

予想外の言葉。どういう…意味?

「どうして早く言ってくれなかったんですか!私はお姉になら何されたって構いませんし!代わりなんて要らないでしょう!?だってここに居ます!あなたが大好きな詩音が!ここに…居るのに…!」

そんな…詩音…私には勿体無い言葉だよ。私はもう…罪人。嫌われて当然なのに。

「竜宮レナ…なんて卑怯…!私のお姉に勝手にキスしてお姉の弱みにつけ込んで!お姉に身体を触られて!」

「待ってよ詩音…レナは…悪くないよ…いくらレナがズルいことをしてても…結局…私が…」

「お姉も最低です!私という存在が居ながらそんな卑怯な女を…!」

「…だから…嫌われても…仕方ないよね…」

痛い。心も痛かった。
だけど急に横から来たビンタの衝撃が…単純に痛かった。

「嫌いになれるわけ…無いじゃないですか…」

私に馬乗りになった詩音は手を振りきったまま涙を私の頬に零した。

「…詩音…。」

許していいの?詩音。
こんな私を好きでいてもいいの…?

「まだ…私を好きでいてくれるの?」

「嫌いになんか一生なれませんから…」

暫くの沈黙。お互いが涙した。
二人で泣き合って…罪を憎み…
嗚咽をただただ響かせた。

「どうして…言ってくれなかったんですか…」

詩音が再度聞いてくる。
きっと理由は分かってるんだろう…お互いの事を理解し合う血肉を分け合った双子なのだから。

「嫌われるのが怖くて…言えなかった…」

詩音もきっとさっきまではそうだった。
だけど詩音は勇気を出して言ってくれた。
だから今、ようやく分かった。
少し…遅かった。

「そう…ですね。」

詩音は溜め息を吐いてそれから涙を拭いて…言った。

「抱いて下さい」

「…こんな汚れた身体で…詩音を抱いていいの…?」

「その身体を汚したのは…レナさんですか?」

「…………」

馬乗りになったまま見下ろされる。
詩音…どうすれば…



「じゃあ私がそれ以上に汚します。」

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