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一時
暗くて…後ろから何かに追いかけられてる。
後ろを見てみるけど誰なのか、人なのかも分からない。
ただ自分が追いかけられてるってことがわかるだけ。
とにかく走って走って逃げ続けるけれど出口は全く見えなくて。
結局私は捕まってしまい身動きが取れなくなった。
そうするといつの間にか出口に着いてて、前から誰かがやってくる。

誰か分からないけれどとにかく助けて。

前からきた誰かも私を捕らえてそのまま前から後ろから二人の誰かに私は…食われた。



―――思い切り瞼を押し上げ、目を覚ました。

意味は分からなかったけれど怖い夢だった。

気付くと汗で衣服が湿っていて、心地よくないのですぐに着替えてから洗顔と歯磨きを済ませ、少しの間だけボーッとしてからご飯を食べる。

お味噌汁が美味しい。

純粋にただ何となくそう感じながら朝ご飯を済ます。

今日は休みだから何も急がなくていい。

のんびりしよう。

どうせ詩音の家に行くのは昼ご飯を食べてからだ。

今はだいたい…

午後12時半。

「あ…あるぇー!?」

なんで!?なんで私はこんな激しい寝坊を…昨日は詩音のことを考え過ぎて布団の中で…その…モゾモゾしてたとは言え致命的な夜更かしまではしてないはず!

よりにもよって…今日寝坊するなんて。

肝心な日なのに…やっちまったよ…

とにかく急いで髪を解いてはゴムで結い、勢いよく玄関を飛び出す。

「いってきまーす!」

そのまま自転車に飛び乗り坂道を一気に爆走する。
風を切る音に急げと急かされているようで何となく喧しかった。

あ…詩音に遅れるかもって連絡しとくんだった。



―――はぁっ…はぁっ…

勢い良く詩音のマンションの前に自転車を止めてそのまま階段を駆け上がる。

ピンポーン…

ピーン、ポーン…

ピーン………ポーン…

出ない。詩音…怒っちゃったのかな…

「魅音さん?」

「うわ!?」

心配や不安から落ち着けず詩音の部屋の前をウロチョロしていると隣の部屋から急に人が出てきて私の名前を呼ぶもんだからビックリしてしまった。

その人は葛西さん。

詩音の父親代わりの忠臣さんとでも言うべきか。
とにかく普段から時折詩音に振り回されつつもなかなか頼りになる男…うん。

「葛西さんか…こんにちは。」

「ビックリさせてすいません。詩音さんなら買い物に行きましたよ。」

「買い物…そうですか…」

詩音…やっぱり怒って私のことを置いてったんだね…

「お姉が遅いからお昼ご飯の買い出しに行ってきたんですよ」

自分のやってしまった寝坊という大罪を心の中にしっかりと刻みつけ途方に暮れる私に投げ掛けられたその言葉。

詩音…!

「しおーんッ!」

振り返るとそこにはいつも通りのちょっと妖しい笑みを浮かべた詩音が立っていたので思わずその名を叫び抱きついてしまった。

「おっ…お姉!?なんですか!?ちょ…ちょっと!」

嬉しくてたまらなくて思わず身体が詩音に抱きついてしまったけど…今更ながら恥ずかしい。

「ごっ…ごめん!いやー…てっきりおじさんは詩音を怒らせちゃったものだと…」

できるだけ自然に詩音の身体から離れて詩音の表情を伺う。
…あれ?ちょっと照れてる?
いきなり抱きついたりって言うのは結構効果アリだったりするのかな。
多用してみる価値はありそうだ。

「お二人は本当に仲が良いですね。」

葛西さんが冷たい表情…いや、サングラスをかけている上にあまり感情を出さない人なのでそう見えるだけかもしれないが、とにかく一歩間を置いてそう呟いた。

「どこがです!こっちは30分も待たされてイライラしてたんですよ?それなのに帰った途端に急に…だっ、抱きつかれて…なんなんですか全くもう…」

「ご…ごめん…どうやったら許してくれる?」

詩音はやっぱり怒ってたけれど急に抱きつかれて…何がなんだか分からないうちにそんなことはもうどうでもよくなって…どうしたらいいか分からずモヤモヤして。とにかく怒っておこうと…そんな感じの叱りかただった。

「…はぁ。全裸になって盆踊りでもしてくれたら許してあげてもいいですよ?」

冗談を言ってくれるって事はきっと…大丈夫。うん、嫌われてないはず。

自分に言い聞かせるようにそう脳内で何度か繰り返して、とりあえず返事をしておく。

「…それは勘弁して欲しいなー…」

とは言うものの詩音の機嫌が良くなるならなんだってする。詩音が喜んでくれるなら裸盆踊りも悪くはない。なんて。

「とりあえず部屋に入りましょうか。話はそれからです。」

詩音が私の首根っこを掴むとそのままズルズルと引きずられて部屋の中へ連れて行かれる。いや、拉致される。

「うわーっ!ちょ、葛西さーん!」

助けを求めた私に葛西さんはゆっくりと礼儀正しくお辞儀をする。そしてその姿は閉じたドアによって見えなくなった…。



―――詩音が手料理を作りながら呆れたように言う。

「遅れるなら連絡くらいして下さい。」

「ごめん…急いでたからつい…」

やっぱり連絡してた方が良かった。自分のミスが今日は一段と憎い。

「人の気も知らないで…」

あぁ…そんなに怒らないで詩音…いくらでも謝るから…

「ずっと…待ってたんですよ。」

「…え?」

本当は聞こえてたけれどもう一度しっかり聞きたくて聞き返す。

「…待ってたって言ってるんです。」

「…本当?」

しつこいぞ私。でもやっぱり嬉しくて。
詩音が私のことを待っててくれて凄く嬉しい。

「これがウソならもっと盛大なウソをつきます。」

詩音…

愛しくなる。怒ってても結局、私を待っててくれてて。待ってても遅いから半分はぶてちゃってて。
それが凄く愛しくて可愛い。

「…ありがとっ」

「…何がですか」

あぁ…可愛い。詩音が可愛い。詩音の言葉一つ一つが可愛くて胸が締めつけられる。

「さ、出来ましたよ。」

詩音の料理姿を見ながらうっとりとする私の目の前に詩音が色鮮やかな料理をスッと置く。

私は今日二度目の昼食を目の前にすると、先程食べたばかりなのに食欲が湧くのはやはり目の前に詩音が居て、その詩音が作ってくれた料理だからだろうか。

自転車を全速力でこいだ事もあって、無理なく美味しく頂けそうだ。

「久しぶりの詩音の手料理…腕は落ちてないだろうねぇ?」

料理の腕なんて本当はどうでもいい。詩音の料理だってだけで100点満点。

「むしろ鍛えに鍛えましたから。ほっぺた落っことさないように気をつけて下さいね。」

鍛えに鍛えたのなら100点満点中の200点。ほっぺたは勿論落っことす。

「ほう…お手並み拝見!いただきまーす。」

箸を手に取りいざ尋常に勝負。
詩音は静かに「どうぞ」と微笑んでくれる。
まだ料理を口にしちゃいないけど…その微笑みだけでもう勝負アリ。

とにかく早いところ口の中に詩音の手料理を招き入れる。

さぁ…お味は…うん。詩音の味。こっちは…うん。詩音の味。あっちも…うん。詩音の味。

詩音の味。詩音の味…!今にも涙しそうなくらいに幸せ。

それは詩音の味という「おいしい」や「うまい」を通り越した別次元の味。

「今日のお姉はやけに美味しそうに食べてくれますね?」

してやったり、と言わんばかりに私を見つめてくる。

「そりゃあ…本当においしいし…」

やっと素直な言葉が出た。素直な言葉を言うのにこれだけのやり取りを必要とするのだからこのままだと詩音を振り向かせるには時間がかかりそうだ。

「お姉…何を企んでるんですか?」

あー…詩音のバーカ。

それから詩音をからかったり詩音にからかわれたりしながら最近あったことを二人で笑いながら話して、時折愚痴を聞いてやったりもしながら暫し愛しい詩音との雑談を楽しんだ。

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あきゅろす。
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