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夜明

その感触は、固かった。

擬音にするならグシャッ…ってところかな。

婆っちゃの時はもっと柔らかくて、砕けるような感触で…あと血が顔や髪にまで飛んできたっけ。

あれ、血が飛んでこないな…
もしかしたらもう私は血まみれで、ただ気付いていないだけかもしれない。

私はゆっくりと…キツく閉じていた瞼を押し上げる。

ごめんね、詩音。

私…もう、鬼だから。











「甘いです…お姉ぇッ!!」

…不覚!私が見たものは…漫画本を何冊か重ねて盾にした詩音!
私が刺していたものはつまり漫画本…!

詩音の拳が突き刺さったナイフを漫画本ごと下に叩きつけ…不意に加わったその力に痺れをきたした私の手は耐えきれずナイフを打ち落とされてしまう。

そのナイフをレナが素早い身のこなしで拾い上げ刃は私に向けられた。


「ぐッ…うぁぁぁぁ!!」

私は、混乱した。殺す覚悟を決めたのだから早く殺してしまわないと、自分が自分じゃなくなりそうで怖くなった。

先程落とした銃…そうだ、まだ弾も入っている!
あれさえあれば少なからず反撃できる…ナイフを奪い返せる!

それさえ済めば二人は私のもの…レナと詩音は私のもの!

あははははははははッ!

急ぎ後ろを振り向き銃へと手を伸ばす…!

「動かないで」

…レナ…。

私の首に当てがわれたナイフが僅かに横に滑り少量の血と痛みが胸元まで流れる。

私の動きが静止した瞬間、詩音が素早く銃を回収し此方に銃口を向けた。

…私は成す術を失ったのだ。

「えっ…えへへっ…」

心が空っぽになる。

何の為に私はここまでした?

それが今更叶わないなんて…!

嫌だ嫌だ…私のものにする…!

私だけのもの。逃がさない。どこにも行かせない…

「私のもの…レナと詩音は私の…私だけのもの…」

自分に言い聞かせるように呟いてみた。
ただ、呟いた。
それ以上も以下も以外も以内も存在しない。

「身体も心も声も命も…全部私のもの…全部私のもの…あはは、あはははははッ…」

なんて惨めな姿だろう。
私はなんて情けない、醜態を晒しているんだろう。

わかっていてもなお、私は胸の内を言葉にするしか無かった。

私の愛情が壊れた今、何をすればいいのか…知らないから。

「私達も同じですよ、お姉…」

詩音…?

「お姉のことが好きです。」

不意に聞かされたその台詞は…凄く理想的だった。

「え…詩音ッ…」

「レナさんのことも…好きですけど、やっぱりお姉が好きなんです。」

…私と同じ…?
何故だろう、私だけのものにしたいと願ったから殺そうとまで思ったのに…不思議と得た安心感、共感。

私をまだ…好きでいてくれた…?

「レナも…詩ぃちゃんのことは確かに好き。だけど魅ぃちゃんだって…好きなんだよ…だよっ。」
レナも…一緒…。

結局、みんな一緒なんだ…

それなのに私は、二人を殺そうだなんて勝手なことを…自分だけが鬼になったのだと言い聞かせ…何もかもを手に入れようとしていた。

命でさえも。

愛するレナと詩音も私と同じように苦しんだはずなのに、私だけが狂った独占欲に身を委ねていた…。

「ごめん…なさい…」

謝るしかできなかった。

今の私にはそれしか脳が無い。

「いいんです…お姉…」

…許すとでも言うのだろうか。こんな愚行を。

「詩音ッ…?」











「私も…殺したいです。お姉。」








「え…?」

「お姉が愛するレナさんが憎い、レナさんが愛するお姉が憎い…そういうことです。」

淡々と告げるその口元は次第に…冷たく笑む。

私は…考えた。殺す覚悟はあったとしても、殺される覚悟はあった?

…正直、もう分からない。

粉々になった私の心はそんなことを考える余裕なんて持っていないみたいだ。

だけど…

「私は…詩音になら殺されたっていい。」

それは贖罪にも似た…感情。罪悪感と後悔…そして未だどこかに残る「殺したい」という意思。
それら全てが出した結論が「殺して」という意思。

詩音に私を止めて欲しい。私自身でさえ止められそうにないこの酷く醜い殺意を。

止めて…

「殺すワケ無いじゃないですか。」

「…へ」

私が素っ頓狂な声を出した瞬間、強くバチンと音が響き頬が痛む。

詩音は手の平を擦りながらビンタしたことによる痛みに苦笑しつつも口を開く。

「レナさんも私も、自分だけのものにしたかったのは変わりません。だけど…殺したらもう、話せない。抱き合えない…愛し合えないんですよ。」

「魅ぃちゃんはどうしてレナ達を自分だけのものにしたかったの?」

「あ…。」

…私は、漸くこの愚行がいかに短絡的なのかを理解した。

自分のものにしたかった…何故?












愛し合いたかったから。












命を奪えばそれは叶わないのだ。

つまりは自分のものになんて出来ない…命を奪っても愛し合えないのであればそれはただ、殺したという事実が残るだけ。

そんなことにも気付けず…私は殺すだの殺せだのと嘆いていたのか…

「私…私ッ…やっと…今更ッ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

泣き叫んだ。

自らの罪を悔やみ恨み憎み、その罪の重さに気付けたことに喜んだ。

「私…今更気付いたよ…詩音が好きなのに…レナが好きなのに…こんなことッ…!!」






婆っちゃを殺した。

詩音を撃った。

レナを殴った。

監禁した。傷つけた。

愛したはずが、苦しめていた。

…ただ、苦しめただけ…

…いつか、詩音との邪魔をするレナを憎んだ。

それは詩音を…愛する詩音を守りたかったから。
…いつか、レナを傷つけた詩音を憎んだ。

それはレナを…愛するレナを守りたかったから。

愛する二人を守るためだけに私は動いていた。

それさえ出来るのなら幸せだった…はずなのに。

守るべき人を自らの勝手な想いだけで傷つけた。

そして…殺そうとまでした。

「私、詩音が好きなのに…レナが好きなのに…守れなかった…守りたかったのに…傷つけてたッ…!!」

ごめんなさい…

「妬んだりした…勝手なことばかり言ってた…ごめんなさい…ごめんなさいッ…!!」

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!!

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…ッ!」

いくら謝ったって…許されないんだって分かってる。

それでも

「ごめんなさい…ごめんなさいッ…ごめんなさいぃぃッ…!!」

謝らずに居られなかった。



「お姉…」

「魅ぃちゃん…」

二人は涙を目尻に溜めながらそっと私の頬にキスをする。

それは慰めなんかではなくて…きっと、心からの祝福。

贖うべき罪に気付いた私への囁かな祝福なのだろう。

「レナは…魅ぃちゃんを許すよ…。」

私の手を握ったレナの手の中は…暖かさを、温もりを久しぶりに感じさせてくれる。

その手の甲にポタッ…と数滴涙が零れ落ちた。

私の涙とレナの涙が…。

「私も…お姉を許します…。」

詩音が私の頬に手を添え…愛でるようにそっと撫でてくれる。

時折頬まで流れた涙を指で受け止めながら…詩音自身も自らの涙を拭いながら。


そして二人は優しく…私を包み、抱き締め、頭を撫でてくれた。

あれだけの事をした業にまみれた汚らしい私を…まだ愛してくれていた。

「どうしてッ…許してくれるのさ…!!なんでまだ…好きでいてくれるのさ…!?」

私はただ、怖かった。過ちを犯したはずの私に何故愛される権利があるのだろうかと。

だけど。































「レナは」

「私は」

「魅ぃちゃんのことが」

「お姉のことが」























大好きだから。





大好きだから!

























私、何してたんだろ。

くだらない理屈や理論で

この二人を手に入れようと

必死に必死に考えて動いたけど

そんな事しなくても

二人はずっと…ずっと…

私を…愛していたんだ。

ほら、私…バカだからさ。

そんなことでも言われないと

全ッ然気付けなかったから。

…私、嬉しい。

今までやってきた事が

本当にくだらない事が

全く無意味だったって…

全く不必要だったって…

やっと気付けたことが…

凄く、凄く嬉しい…。

今なら…


今なら二人を愛せる。


今なら心から二人を愛せる。


バカな私が考えついた


愛してると伝える方法は


「愛してる」って泣き叫ぶ事


それ以外に思いつかなかった。








「愛してるッ…!!」


「お姉…?」


「愛してるッ…!!」


「魅ぃちゃん…?」


「愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるッ…!!」
































伝えたい。

今なら本当に二人を愛せると。

遅すぎるかもしれない…

取り返しのつかない事かもしれない

だけど今

私が傷つけた分

私が苦しめた分

私が悲しませた分

その分だけ「愛してる」って言おう

「愛してる」って叫ぼう…

私、バカだから。


他に…何も出来ないから。








レナ…愛してる。

詩音…愛してる。

本当に…愛してる。




すき。


だいすき。

















二人は泣いた。

身体を寄せ合って。

バカみたいに「愛してる」って

連呼する私に微笑みかけて

心底嬉しそうに…泣いた。
























愛してます…お姉。


愛してるよ…魅ぃちゃん。



























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あきゅろす。
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