TIPS1
「お姉ぇー!ごめんなさーい!ちょっといいですかー!?」
地下祭具殿の扉が閉まる音が響いてから少し経つと詩ぃちゃんが突然叫ぶ。
「詩ぃちゃん…聞こえるわけ無いよ。どうしたの?」
詩ぃちゃんが私を見ては妖しく笑みを見せて
「出ていったか、一応の確認ですよ。」
…確認する意味ってあるのかな…。
「レナさん、お姉がおかしくなったのはいつからですか?」
「…そういう言い方は…ちょっと魅ぃちゃんがかわいそうだよ」
「…ごめんなさい。でも私はあんなのお姉だとは認めません。」
…詩ぃちゃんだからこそ言えるんだろう。今の私にはおそらく言えぬだろう言葉だった。
「…レナがここに連れてこられたのは昨日の夕方か夜くらい。だからその時にはもう…」
「…そうですか…」
少しの沈黙。
「あの…レナさん…」
声をかけられて詩ぃちゃんの方を向くと、詩ぃちゃんは悲しそうな顔で
「本当に…ごめんなさい。そのっ…あんなことして。」
…今更だよ。
「暴力で解決しようだなんて考え方は良くなかったよね、それは分かってるかな?」
「…はい…。」
「凄く、痛かった。」
痛かった。初めてを奪われたという事実が。
詩ぃちゃんはたまらずに頭を下げて
「すみませんでした…」
と謝罪してきたのですぐに頭を上げるように言った。
「レナは許すよ。」
「…!?本当ですか…!?」
「ただ、聞いて欲しいことがあるの」
…そう。
「詩ぃちゃんがレナにしたことはいけない事。だけどいけない事をしなければならない様にしてしまった、追い込んでしまった。それはレナが悪かったと思うの。だから…すみませんでした。」
詩ぃちゃんと同じく頭を下げようとすると詩ぃちゃんが急いでそれを止めた。
「レナさんッ…!」
詩ぃちゃんはギュッと抱き締めてくれた。
堪えていた涙を流しながら。
「レナも詩ぃちゃんも間違いを犯した。だから、魅ぃちゃんを壊してしまった。」
「はい…はいッ…」
詩ぃちゃんはまだ涙を流しながら、頷いた。
「じゃあ、魅ぃちゃんを治そう?」
「ど…どうやって…」
詩ぃちゃんは涙を拭いながら私から顔を離して質問した。
「…まだ…分からないけどこれから考えよう?二人で考えればきっと何か思いつくはず。」
…とは言っても向こうの方が断然有利。
此方は監禁されていて、タオルと枕とお菓子しか持っていない。
向こうは銃を携行している可能性が高い。勿論他の何かを持ってくることだっていつでも出来る。
何かあるはず…
焦りながら色々と考えるけれど使えそうな案は浮かばない。
焦燥感が徐々に苛立ちに変わってきた時。
「…レナさんのキス…すごかった。」
なるほど!その手があったねっ!
…って、それを今言う…?
見事に脳内ノリツッコミを果たした私は顔を赤面させていく。
自分で気付くくらいに一気に。
「はっ…はぅぅ…そんなこと無いよぉ…」
「あんな優しくて甘いキスが出来るなんて羨ましいです。レナさんだからこそ出来る技ですねー。」
うんうんと自ら納得する詩ぃちゃん。
えっと…解決策を見つけるのはどこに行ったのかな?かな?
…魅ぃちゃんに噛まれた唇の内側が未だに痛むのが理由で優しいキスになってしまったという事を言うのはやはり、止めた方がいいのだろうか。
…それでも単純に嬉しくて、照れた。
「…お姉が惚れるのも分かります。」
「…えっ…?」
あの詩ぃちゃんから発せられた言葉だとは思えなかった。
「レナさんの人柄…まだあまり知りませんけど、とても優しくて厳しくて可愛いんだなって思いました。」
「何か…企んでるのかな…かなっ?」
ここまで誉められると逆に怪しくなってつい聞いてしまった…ということにして欲しい。
じゃないと照れに照れ過ぎて詩ぃちゃんを見てられない。
「…それ、お姉っぽいです。」
えっと…魅ぃちゃんじゃなくてもこのシチュエーションなら皆疑うし、照れるよ。
詩ぃちゃんが相手なら特に。
「だって…詩ぃちゃんが…」
ふふっ、と笑いを零して詩ぃちゃんは更に
「レナさんの人柄が唇にも表れるんですかねー?」
と誉め殺してくる。
私はただただ赤面しながら目線をあちこちにやり両手の指先をつつき合わせることしか出来なかった。
「可愛いです、レナさん。キスしてもいいですか?」
「えぇっ!?だっ…だめ!」
本当に痛いの!もう無理だよぉ!
「一度交わした仲じゃないですか…ねっ?」
そーじゃないの!あぁぁ…だめ!
詩ぃちゃんは多少強引に私の後頭部を支えては自分の方へ少し引き寄せて私の唇を奪おうとする。
私は全力でそれに対抗すべく詩ぃちゃんの両肩をグーッと押す。
すると、本気で嫌がっているのを察したらしく詩ぃちゃんはその力を抜いた。
「…そんなに…嫌ですか…?」
「ちっ…違うの!こっ…これ…」
自分で唇の内側を見せるのがちょっと恥ずかしかったけれどその痕を見た詩ぃちゃんは凝視したままで問う。
「お姉…ですか?」
「うん…」
詩ぃちゃんは気まずそうに焦りつつの苦笑いを見せた。
「さっきのキスは…それで…」
「う…うん…」
優しいキスの原因の正体に深い溜め息をつく詩ぃちゃんだが私だって好きでこうなった訳ではないので頬を膨らませて無言の反論を。
「うぅ…じゃあ少し触らせて下さい…」
「何を」と聞くと「身体」と答えてきそうなのでとりあえずこれにもダメと告げた。
「仲良くしろってお姉に言われたじゃないですか…」
…意味が違うと思うよ、詩ぃちゃん。
「欲求不満なのは分かるよ?でも…ちょっと…盛り過ぎだよ。…だよ。」
詩ぃちゃんの顔がみるみるうちに赤面していく。
「…すみませんねぇ欲求不満でっ!あーもう!」
ヤケになったような返事で私を照れ隠しに怒鳴る詩ぃちゃん。
かぁいいよぉ…いただきまッ………。
………………………。
そんな私も欲求不満だった。
「仲良くしましょうよレナさーん…」
しつこいよ詩ぃちゃん…魅ぃちゃんが言ってたのはそんな意味じゃ…
…あ。
「詩ぃちゃん…ちょっといい?」
突然声のトーンを真剣なものに切り替えたので詩ぃちゃんは疑問符を頭に浮かべたような怪訝な顔をして私を見た。
「…仲良く…してみないかな?…かなっ?」
―――どのくらい時間が経ったのだろう。
時計も無いし日も差さないので全く把握できない。
私達は横向きに寝ており、互いに背中を合わせている。
最初、詩ぃちゃんは漫画を数冊積んで「これでいいです」と言ったがそれはあんまりだと思ったから枕を半分こにしようと提案した。
ちょっと照れたけれど…こんなところで寝るのはやはり辛い。
「レナさん…?」
…寝たかと思っていたが詩ぃちゃんも私と同じでなかなか寝付けないらしい。当たり前なのだが。
だが…何の用だろう。
私はなんとなく無視して寝たフリをしてみた。
暫くすると詩ぃちゃんが此方を向いた…と思う。
背を向けたまま寝たフリをしているのではっきりとは分からない。
しかし私の胸を鷲掴みにした詩ぃちゃんの手によりそれが正解だと知った。
…この人は俗に言う淫乱というものなのだろうか。
「詩ぃちゃん…盛り過ぎ…」
体勢は変えずにそっと囁くと詩ぃちゃんはすぐに手を引っ込めて
「起きてたんですかッ…レナさんってホント意地悪なんですねッ…」
と鳴いた。
「レナさん…あの…キスマークはわざとでした…?」
キスマーク…あぁ。
「うん…わざとだよ。…だよ。」
「…どうして…?」
「詩ぃちゃんが来るって魅ぃちゃんが言ってたから…SOSの意味で…でも結局詩ぃちゃんを巻き込むような形になっちゃった。…ごめんね」
「…そうですか…謝らないでいいです。早かれ遅かれこうなってたと思いますし。」
なんだか悪い…。
私のせいだと思わずに居られず胸が少し苦しくなった。
「それよりレナさん…まだ眠れそうに無いですし…遊びません?」
…そんな流れじゃなかったよね。
溜め息をこぼさずには居られなかった。
「しりとりしましょうか。」
マイペースだね…詩ぃちゃん。
気を紛らすのには少しくらい荷担してくれそうだし、とりあえずはしりとりに付き合ってあげる事にした。
「しりとり。」
はい、り…だよ。
「り…りんご。」
「…ゴム。」
「む…胸!」
「ねずみ。」
「み…耳。」
…イライラしてきたから終わらせよう。
「みかん。」
はい、終わり。
「ん…ンジャメナ。」
…終われない…。
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